迎える手、押し出す手
〝あの日〟のことを思い出すと、口の中が苦くなる。
それは雪降る夜のことだった。闇夜にひらひらと舞う白く冷たいものを睨みつけ、僕は車のない駐車場に立ち尽くす。傍に建つ建物はもう暗く、街灯だけが周囲を照らす。そんな凍える夜の中で僕が身を震わせていたのは、寒さゆえではなかった。屈辱、悔恨――胸中に渦巻くどす黒いものに押し潰されそうになっていた。
駐車場に、二筋の光が差し込んだ。
雪を踏むタイヤの音とです控えめなエンジン音。自動車が一台乗り込んできたのだ。
自動車は僕の姿をヘッドライトであぶり出すと、目の前で停車する。ぱたん、と音を立ててドアが開く。
「まったく、連絡も寄越さないで!」
女の声が叱りつける。眩しさに目を細めた僕にはシルエットしか見えない。けれど声でそれが誰なのかは分かっていた。
恥ずかしさと居た堪れなさに俯く。
「ほら、さっさと帰るよ」
そう言って僕を引っ張る手の暖かさに目蓋が熱くなったのは、年末のこと。
いつの間にか春が来て、去年とは打って変わって心地よい暖かさが僕の身を包んでいる。
「入学おめでとう」
あの日僕を迎えに来た手が、僕の背中を押し出した。
「あの日の悔しさが報われたね」
春風と同じ温度で微笑む母に、僕は最高の笑顔を見せつけた。
―・―・―・―・―・―
即興小説トレーニング
お題:去年の祝福
制限時間:15分
挑戦時完成度:未完
※投稿に際し、『春風と同じ温度で微笑む母に〜』の一文を加筆。
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