熱意のキャンバス

 なんというかまあ、はじめて噂の囚人と対面したときは呆れた。

 離島に作られた灰色の箱とも呼ばれるこの監獄で、彼女は不自然なまでに生き生きとしていたからだ。


「さあ、今日はこの、クジラの塗りを完成させますよー!」


 肌も、髪も、縞模様の囚人服も絵の具でベタベタとしたその女囚が向き合うのは、独房の壁。そこは、赤、青、黄色とカラフルに塗りたくられ、その中央に大きな生き物――クジラのシルエットが描かれている。

 これは海の絵なのだ、と以前彼女は語った。あまりにビビッドな色使いに、はじめは信じられなかった。けれどまあ、よく見てみれば、赤や黄色は水面に降り注ぐ陽の光のように見え、青はもちろん海の色。その他緑、紫、白、黒も計算された配置に思え、ひょっとするとこれは素晴らしい芸術作品なのではないか、と現在となっては思えてくる。


「あと少し……あと少しで、今度こそ完成です」


 躁状態とも思えるほどの明るい声に切実さを滲ませて、彼女は作品に没頭する。看守たる自分はその気迫に押され、声をかけることすらできなかった。


「彼女、一体何をしたんです?」


 彼女が収監された頃からいる先輩に尋ねる。


「殺しだよ。なんでも、卒業制作の壁画を壊されたとかで」


 そんなこととも思えたが、彼女にとっては本当に一大事だったのだろう。あの熱意のこもった様子を見ているだけに、ほんの少しだけ彼女に同情した。




―・―・―・―・―・―

即興小説トレーニング

お題:ダイナミックな囚人

制限時間:15分

挑戦時完成度:完成

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