熱意のキャンバス
なんというかまあ、はじめて噂の囚人と対面したときは呆れた。
離島に作られた灰色の箱とも呼ばれるこの監獄で、彼女は不自然なまでに生き生きとしていたからだ。
「さあ、今日はこの、クジラの塗りを完成させますよー!」
肌も、髪も、縞模様の囚人服も絵の具でベタベタとしたその女囚が向き合うのは、独房の壁。そこは、赤、青、黄色とカラフルに塗りたくられ、その中央に大きな生き物――クジラのシルエットが描かれている。
これは海の絵なのだ、と以前彼女は語った。あまりにビビッドな色使いに、はじめは信じられなかった。けれどまあ、よく見てみれば、赤や黄色は水面に降り注ぐ陽の光のように見え、青はもちろん海の色。その他緑、紫、白、黒も計算された配置に思え、ひょっとするとこれは素晴らしい芸術作品なのではないか、と現在となっては思えてくる。
「あと少し……あと少しで、今度こそ完成です」
躁状態とも思えるほどの明るい声に切実さを滲ませて、彼女は作品に没頭する。看守たる自分はその気迫に押され、声をかけることすらできなかった。
「彼女、一体何をしたんです?」
彼女が収監された頃からいる先輩に尋ねる。
「殺しだよ。なんでも、卒業制作の壁画を壊されたとかで」
そんなこととも思えたが、彼女にとっては本当に一大事だったのだろう。あの熱意のこもった様子を見ているだけに、ほんの少しだけ彼女に同情した。
―・―・―・―・―・―
即興小説トレーニング
お題:ダイナミックな囚人
制限時間:15分
挑戦時完成度:完成
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます