第10話 勇気

それから3日が経った。まだ入院中だか、父は順調に回復していた。今日は珍しく母が部活動を副顧問に任せて、父に付き添っていた。

2人の様子を見ていると、忙しくしていて、すれ違いばかりに見えていたけど、お互い教師と言う同志であり、通じ合うところがあったんだなぁと感じた。いつも一緒にいるだけが、夫婦じゃないんだ。


花瓶の水を替え、病室に戻ろうとドアノブに手をかけると、病室から母の声が聞こえてきた。

「私たちは、子供達に甘えすぎていたのかもしれないわね。うちの子達は、理解があるからわかってくれると、勝手に思っていただけで、私たちが毎日向き合っている生徒達となんの変わりもない…教師と言う立場を守るため、信用を得るため必死で邁進してきたけど、本当は怖かったのかもしれないわね。信頼を得るにはとても時間がかかるのに…」

「失うのは一瞬か…」

母の言葉を父が続けて代弁した。

その後は2人とも喋ろうとはしなかった。


私はその場にいづらくなり、病院の中庭に出た。ベンチを探してどこかへ座ろうと思った。その時、大きな木の下のベンチが見えた。太い幹で隠れていた先に、学ランをきた学生が座っている背中が見えた。後ろから顔を覗き込むと、以前父の病室の前でウロウロしていた色白の学生さんだ!綺麗な顔をしていたので、よく覚えてる。間違いない!

「こんにちは」

私はこの子が何か知っているのではないかと思って声をかけた。しかし、一度すれ違った程度の私の顔など覚えているわけがない。

言わなくても顔を見たら、誰?って聞かれたのがわかるくらい怪しい人を見る目で見られた。

「S中学の生徒さんだよね?私、高杉。高杉真琴。」

そう言うと慌てて立ち上がり、

「もしかして高杉先生の?」

かなり驚いたような声を出した。その声に私の方が驚いた。

「こっ…声かけて悪かったかな…」

私がボソッと心の声を漏らすと、

「そう言うわけでは…」

彼は言葉が続かなかった。しばらく沈黙した後、気まずい空気が流れる中、私は何か話のネタはないか考えた。

「ねぇ、教えてくれる?うちのお父さんって学校でどんな感じ?」

普通に好奇心だった。

「ど、どんなって…一言で言うと良い先生です。みんなに平等だし、穏やかで優しいし…」

「うんうん。」

なんだか自分が褒められてるようで、私は嬉しくなってきた。

「そんな先生を…僕は…」

「うん?」

「裏切ってしまったんです。」

「え?」

そう言うと彼は泣き出してしまった。

私は彼が落ち着くまで、背中をさすってあげた。

「すいません。先生が怪我をしたのは僕のせいなんです。」

「何があったか教えてくれる?」

「…はい。…僕、中学デビューしたんです。」

「中学デビュー?」

「はい。小学生の頃は、ヘルメットをかぶったみたいな髪型で、黒縁のびん底メガネで、太ってたんです。おかげで、凄いイジメられてて、自分が嫌で嫌で、中学は家から遠いところをわざわざ受験して、ダイエットして、美容院で髪切ってもらって、コンタクトにして…」

そう聞いているうちに、まるで私のことのようで、クスッと笑ってしまった。

「笑うなんて!僕は真剣に話してるのに!」

彼が怒り出した。

「ごめんごめん!違う違う!全く私もおんなじで、自分のこと聞いてるみたいで、あんまりにも似てるから嬉しくなって来ちゃって…」

「え?高杉さんが?」

「そうなの。私なんか幽霊扱いだったよー。君…名前は?」

「片桐ヒロ。」

「ヒロ?いい名前だね。

「いや、名前もいじめの原因で、どこがヒーローだ!って言われたりして…」

「そんなことないよ!頑張ったよね?私たち!」

「はい!同志ですね!」

クスッとまた私は笑った。そう言うとこが、可愛らしいって言ったら怒るよね。

「で?どうして父を裏切ることになるの?」

「中学デビューして、毎日いじめられることもなく、平穏に学生生活が謳歌出来てたのに…会ったんです。」

「ん?」

「数ヶ月前に偶然、電車で小学の時、僕をいじめてた奴らと会ってしまったんです。気づかれないと思ったのに、どうしても奴らを目にしてしまうと足が震え出して…逃げようとして転んでしまったんです。慌てて立ち上がって逃げたんですけど、その時学生手帳を落としてしまって…」

「もしかして?その手帳を?」

「そうなんです。奴らが拾ってて、学校まで届けに来るのをきっかけに…またいじめられるようになって、今度はそれだけじゃなくて、奴らの遊ぶお金まで巻き上げられるようになって…家のお金を黙って持ち出すようになってしまって…悪いことはわかってても、もう嫌なんです。今の学校のみんなにいじめられてた過去があることを知られるのも、そんな奴らに今もいじめられてることを知られるのも。やっと穏やかな生活が過ごせるようになったのに…」

私は何も言えなくて、ただ彼の震える背中をさすることしか出来なかった。

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