第4話 第一ステージ

「いた〜い。いたたたたたっ。もう無理!これ以上は無理〜。お願い!やめて〜!」

私は自分の部屋で、いまだかつてない大きな声をあげてしまった。

「まだまだ始めたばっかりよ。」

かおりも、少し息を切らせながらそう言った。


私はかおりに背中合わせで、背負われている。なんでこんな状況になっているかと言うと…

「真琴は、猫背だから背筋をしっかり伸ばさないとね!」

私は耐えきれなくなり、ズルッと滑るようにかおりの背中から降りた。

「なんで?改造計画で筋トレやストレッチしなきゃいけないの?ここは普通、メガネからコンタクトが定番でしょ?」

私は腰を押さえながら、悲鳴にも似た声をあげ、座り込んだ。

かおりもドカッと私の正面に座った。

「なぁに甘いこと言っちゃってんの?見た目だけ変えたって仕方ないって言ってたの真琴でしょ?それだけで、まこっちゃんが好きになってくれるなんて、あり得ないでしょ?」

確かに!かおりが言うと尚更説得力があるのは何故だろう。 


「もちろん見た目が大事だけど、ただメガネを外して、化粧をすればいいって問題じゃないの。見た目って言っても、立ち居振る舞い、姿勢から歩き方まで、自信や上品さや知的さを感じることができるの!猫背で俯いてトボトボ歩いてる人に魅力は感じないわ。そして、努力してる姿は人には見せない!その方がスマートでしょう?」

「なるほど!」

スポ根にも似た涙ぐましい努力から、やはり美しさって生まれてくるものなのか。妙なところに納得してしまった。


「それに、本当の美しさは内面から滲み出るものなの。いくら綺麗な人でも、いつも眉間にシワを寄せて難しい顔してたり、いつも不機嫌そうに、膨れっ面して口を尖らせたり、への字口になってたりしたら、魅力的には感じないでしょ?ギスギスしないで、いつも、心に少しの余裕を持って、穏やかな顔をしてる人の方が美しいと感じるわ。特に笑顔が魅力的なら尚良いわね。」


確かに姿勢や歩き方が変わると、今まで見ていた風景まで変わるんだ!

登下校で毎日歩いていた道なのに、こんなに新鮮に感じるとは思わなかった。いつもは斜め45度に俯いた視線には地面ばかりが映っていた。でも、もう街は新緑の濃い緑が美しい季節へと移り変わっていた事に、今更気づいた。通勤、通学に急ぐ人並み。子供達の声。車が行き交う雑踏の音までが耳に入ってくる。世界が変わったようだ。


今まで私は何を見ていたのだろう。何を見逃してきたんだろう。こんなにも街は賑やかで、活気があるのに。 

みんながこんなに毎日をイキイキと過ごしていたなんて、知らなかった。


正門で立ち尽くしていると、

「おはよう。」

後ろから声がした。

「先生…おはようございます。」

「なんかいつもと雰囲気が違うね。」  

先生が満面の笑顔を見せた。

「え?」

「俯いてばかりより、前を向いてる…その方が良いよ。タカさんらしい。」

そう言って風のように行ってしまった。

見た目は何も変わってないのに、いや姿勢矯正しただけなのに、でも確かに歩き方も変わった。それだけのことなのに、驚きだ。


そして、放課後。

かおりに誘われ、美容院へ行くことになった。

今までは小さい頃に父に連れられて行った散髪屋さんで、ただジャキンと切りっぱなしのおカッパ頭だったのが、こんなオシャレな美容院へ来たのは初めてだった。真っ白な店内。不思議なことにそこに居る店員さんもお客さんも、みんなオシャレで素敵!キラキラ輝いて見えた。

私は気後れして後ずさった。

その背中をかおりに押されながら店の中に入った。


腕組みをしながらわたしを見下ろすかおりが、美容師さんに

「長澤まさみでお願いします。」

「いやそれはさすがに無理でしょ。」

私が引き攣った顔で、小さく横に手を振ると、

「任せてください。」

そう言ってイケメン美容師さんは、シャキーンとハサミの良い音を鳴らした。


******


「出来上がりました。」

メガネをかけないと見えない私は、かおりからメガネを受け取ると、驚いた。

「さ?爽やか?」

「爽やかよ。今は瓶底メガネが邪魔をしてるけどね。」


私達は美容院を後にすると、

コリアンタウンで韓国のプチプラの化粧品を買い漁った。もちろん化粧品を買うのだって初めて。しかも、友達とこの色が似合う似合わないと騒ぎながら、決めていくのがこんなに楽しいなんて。


私は今まで、すごく損をした人生を過ごしてきたのではないかと、後悔と恨めしさの混じった気持ちになった。

親にここまで押さえつけられて育たなければ、私も姉のように伸び伸びと生活出来たんじゃないかと思えてきた。


姉は出来が良いし、見た目も綺麗だから、何でも好きな事を自由にさせてくれた。

でも同じ親なのに、妹の私は不出来だからと、静かにしてろ目立つなと呪いのように呪文を唱えられてきた。

私だって普通に生きていれば、もっと違う人生を生きてこれたんじゃないか…

思わず、涙が溢れた。


「真琴!どうしたの?」

かおりが驚いて顔を覗き込んできた。

「かおり、私幸せだわ。」

私は涙を拭って笑顔を見せた。

「今からもっともっと幸せになるんでしょ?今度はコンタクトレンズよ!」

「えー!まだ行くのー。」


眼科に着くと、レンズを入れる練習が始まった。

「痛いんですけどー。うまく入らない〜。」

私は涙をポロポロこぼしながら、呟いた。

結局、眼科のスタッフの方に、レンズを入れてもらった。

「そのうち慣れますよ。最初はみなさん同じですから。」


******


「みんな、こんなに大変な努力を日々してるのねー。美容院と眼科行っただけで疲れたわ。」

「真琴が今までやってなかっただけで、ごくごく普通のことよ。身だしなみを整えるって言うのは、人に不快な思いをさせないためでもあるのよ。」

「あー、私不快にさせてました。」

私は俯いた。

「これから変えれば良いじゃん。それだけのことよ。」

普通の女子高生みたいにおしゃべりしながら2人で歩いてる事自体、私にしたら奇跡だ!中学の頃からとても想像できない。


「真琴…?」

すれ違いざまに、名前を呼ばれ振り返ると立っていたのは、

「お姉ちゃん!」

「…お友達…?」

「あー、初めましてクラスメイトの安西かおりです。」

「…そう…なんだ。あんまりにも雰囲気が変わってるから、まさかと思ったけど、声が真琴だったから…」

姉は私の変わり映えに驚いていた。しかも、こんな美人の友達と一緒っていうのが、また驚きだったみたいだ。


******


かおりと別れ、姉と2人。

家に帰る途中、歩きながら

「まさにこれが高校デビューね!」

姉がため息混じりにそう言った。

「お母さんたちには内緒にしてて。」

私は懇願した。

「そうね。あまりの変わりように驚くだろうしね。」

そう聞いてホッとした。


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