第2話 思いがけない展開

高校生活が楽しみになったのは、勇者様のおかげだ。


高校初日に出会った担任の先生が、ずっと探していた勇者様だったなんて。

先生の名前は、

水野 誠。

私と名前まで同じ!

偶然の出会いから、再会。

こんなことある?


いつのまにか、私は無意識のうちに学校内で先生を見かけると目で追うようになっていた。

かおりと2人並んで教室移動していると、運動場で生徒とサッカーしてる先生を見つけた。汗だくになって、ムキになってる先生。可愛い。あー、その華麗な足捌きは勇者様とそっくり!


「きゃーーあ。」

先生がシュートを決めると周りで観戦していた女生徒たちから、黄色い歓声が上がった。もうすでに、先生の取り巻きがたくさんできていた。

私とかおりは、立ち止まりその様子を遠目に見ていた。

「今日もすごいわね〜。まこっちゃんのモテぶり。」

かおりがため息混じりに言った。

「ホント!すごいね!」

「真琴も大変ね。こんなにライバルがいたんじゃ…」

「そ…そんなわけないじゃん。」

自分が思ってたより、大きな声で逆にビックリした。

「それで、隠してるつもり?顔が茹だってるよ。」

「え?」

確かにいつのまにか眼鏡は曇るわ、頬は熱いわ。

「私が好きなのは勇者様で…先生じゃ…」


話の途中で、生徒が蹴ったボールが大きく外れて、みんなが大きな声を上げた。

その声に振り向くと、私たちめがけて凄い勢いで真っ直ぐボールが飛んできていた。

「危ない!」

私は反射的に顔の前で、両腕をエックスの字に構え、ボールを受け止めると同時に両腕を思いっきり開き、ボールを弾き飛ばした。


しーーーん。

数秒間、沈黙が流れた…みんなの顔が唖然として止まっている。

「何今の?」かおりがつぶやいた。


遠くで呆然とその様子を見ていた先生が俯き加減で駆け寄ってきた。

「タカさん大丈夫?」

「あ、大丈夫です。」

「腕から血が出てる。保健室へ行こう。安西さん、高杉さんの荷物頼むね。」 

そう言うと半ば強引に腕を掴まれ、引っ張られるように連れて行かれた。


保健室に入ると、先生は後ろ手で部屋の鍵を閉めた。

「先生…?」

突然の展開に動揺していると、私の両肩を優しく押さえ、椅子に座らせた。そして、近くの椅子を引き寄せると、先生は私と向かい合うように、正面に座った。

「タカさん、傷は?痛い?」

俯いてるせいで、先生の表情がわからない。

「まあ結構な衝撃だったんで、腕がジーンとしてますが…」

顔を伏せたまま手当をしながら先生が、

「X返しだね。」そう呟いた。

「え?」

それは、私が格ゲーの中でいつもやる必殺技。確かにそれを咄嗟に応用して、ボールを弾き返したのだけど、なんでそれを先生が?


頭の中が、パニックを起こしていると、

「タカさん!君がタカさんだなんて、夢にも思わなかったよ!」

そう言うと、両手を握りしめられた。

なんでバレてんの?しかも、なんでタカさんのこと知ってるの?

「俺だよ。俺!勇者だよ。」

「えええ?!ガチで?」

私も先生の両手を握り返した。

私たちは何十年ぶりかの再会のように目を潤ませ、満面の笑みで見つめあった。

「なんで、わかったんですか?」

「そりゃあ、タカさんの必殺技X返し!あれを見れば誰だってわかるよ。それに、さっきから俺、タカさんって呼んでんだけど?!」

そう言われてみて、ハッとして今更、口を押さえた。

先生が満面の笑顔で私を見つめてる。

眩しすぎるんですけど。


先生は、腕の手当てを続けながらも、興奮して話しているのがよくわかった。

「いや、本当に驚いたよ。2年前?突然彗星の如く格ゲー界に現れたタカさん。あっという間に、トップに躍り出たと思ったら、それ以来上位独占だもんな。しかも、戦い方が侍のように潔いし、カッコいいから、絶対男だと思ってたのに、まさかの高杉さんだもんな。」

「私も先生のサッカーの見事な足捌き。勇者様にそっくりだと思ってました。いや、あと階段で助けてもらった時から…」

「あれ!やっぱりタカさんだよな?あの時も自然と受け身取ってたぞ。だから、俺の衝撃も軽くて済んだんだよ。」

思わぬ出会いに、しばし2人はゲームの話で盛り上がった。


「どうりで、ここ半年タカさんに会えなかったわけだ。受験が終わるまでゲームを断ってたんだね。」

「はい。」

「早く戻ってきてよ。ライバルがいないとつまらない!」

私は、その言葉に顔を真っ赤にして、うなづいた。


話に夢中になっているうちに授業が終わったようだ。

授業の終わりを告げるチャイムの音が聞こえてきた。

「調子悪かったら、休んでて良いから。じゃあ、俺は行くね。」

そう言って、先生は保健室を後にした。


私は今の出来事が信じられず、夢のような余韻に浸っていた。

すると、ゆっくりとドアが開き、隙間からかおりが室内をキョロキョロと覗き込んできた。

「どうしたの?かおり?」

「ひとり?先生は?」

「ひとりだよ。先生はもう戻ったよ。」

そう言うと、ドアを大きく開けて、私の前にやってきた。そして、さっき先生が座ってた椅子に同じように座った。

「まだ椅子あったかいね。ついさっきまで一緒だったんだ。」

「う…うん。」

嘘をつく必要はなかった。

「なんかあったでしょ?って言うか、もともと知り合いだったの?」

「え?なんで?」

「だって、真琴のことタカさんって呼んでたじゃん。」

「あー…。」


私は順を追って、事の次第を説明した。

「え〜!そんな事本当にあるの?

運命というより奇跡じゃない。ネットゲームなんて、世界中の人と繋がってるのよ!?同じ日本で同じ東京に住んでて、しかも同じ高校の教師と生徒なんて、話がうますぎる。そんな設定少女漫画だよ。」

「私もまさか勇者様だとは、思ってなかったから、もう本当にびっくりしちゃって。でも、本当に少女漫画設定なら、飛んできたボールをカッコよくヒーローのように先生が受け止めてくれるのが王道だけどね。」

「あははは。確かにー。」

2人で顔を見合わせて、笑った。

「架空の世界の人物が突然リアルになって目の前に現れたわけだからね。そりゃ、ドキドキもするわ。で?どこがそんなに好きなの?顔?それともゲームが強いところ?」

「ううん。違う…。」

私は喋るのを躊躇った。

「ん?何?どうしたの?」

かおりが俯く私の顔を覗き込んできた。


今まで、友達と言う友達がいなかった私は、こんなに洗いざらい心の内を話して良いものなのか、急に不安になった。


こんな見た目のせいで、幽霊だお化けだと言われて、蔑まれることしかなかった私が、恋バナをする日が来るなんて。夢にも思ってなかった。それは、素直に嬉しい。

でも、かおりの反応が少し怖くもあった。でもそれは、初めて友達になったかおりを信用してないことになってしまう。

私は意を決して、話し始めた。


「勇者様はね、絶対背後から狙ったり、倒れた隙をついて来たりしないの。卑怯な戦い方はしないし、武道に通じるその姿が凛としてて、私にとってはヒーローなの。ここぞって時には決めてくれるし、倒れても倒れても最後まで諦めない精神に惹かれたの。」

「…マジだね。」

かおりは、茶化すわけでもなく、笑うわけでもなく、冷静に受け止めてくれた。

「じゃあさ、コンプリートしようよ!」

「え?」

「恋のコンプリート!」

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