この恋、コンプリートしてみせます❗️

カナエ

第1話 新しい日常

いつもの通り、いつもの時間、駅の地下改札を出て、左手の階段を上がる。なんの変わり映えもしない毎日。


階段を登りきるとカアーッと、日差しが鋭く目を刺した。思わず、手のひらで目を覆った。

夏の光が遠慮なく全身に降り注ぐ。

「あっつ。」

暑さだけはこの日いつもと違った。


私、高杉 真琴。中3。受験生。

ごくごく地味ぃ〜な中学生。


両親は教師で共働き。部活の顧問をしてるので、土日も忙しくて、ほとんど家にはいない。

5つ年上の姉がいるが、去年大学合格と同時に、一人暮らしを始めたので、家には住んでいない。

姉は、黒髪サラサラのロングヘアがよく似合う正統派美人。勉強や運動も上位の成績で、厳格な両親にとって自慢の娘だ。


それに引き換え、私は何に対しても平均以下で、両親にはともかく目立つな!と言われて育った。言われるまま、人目を避け、目立たないよう控えめに生きていたら、本当に地味な存在になってしまった。


姉と同じ黒髪でも、私の髪は頑固な直毛で、昔で言うおかっぱ頭。

極め付けがド近眼の分厚いメガネ。

そして、いつも俯き加減で歩く癖がついてしまった。

おかげで、今やクラスの子達からは、幽霊扱いされる日々。


「きゃあ!高杉さん?急に背後に立たないで、怖いよ。」

トイレの鏡越しに写る私に驚いた彼女は、慌てて教室に戻ると、女子生徒を数人集め、私にちらちら目線を送りながら、

「さっきまで靴箱で上靴に履きかえてたはずなのに、トイレで手を洗って顔を上げたら、鏡越しに一緒に写ってるんだもん。もうホラーよホラー。」


どうやら、地味とか目立たないとか言う領域を、私は通り越してしまったようだ。


だから、そんな私には友達もいない。

今日も休日だと言うのに、一人、受験のため夏期講習の塾へ向かうところである。


しかし、そんな私にも誰も知らない秘密がある。

実はゲーマーなのだ。

姉が家を出てから、1人の時間が多くなった私は、その解放感による反動か、ある日一人で立ち寄ったゲーセンで、格ゲーにハマったのだ。

目立たず、地味な私が、バッタバッタと人を投げ飛ばしていく爽快感。そして、勝ち進んで行くと共に自信がみなぎってくる。気がついた時には、周りに人だかりの観客ができていて、拍手喝采を受けた。急に我に返って恥ずかしくて、その場をコソコソと去った私は、今まで溜め込んでいたお年玉でゲームを買い揃え、オンラインで参戦し続けた。その甲斐あって、今やプロゲーマーにも名の知れるアマチュアゲーマータカさんになっていた。


しかし普段部屋に篭りっきりでゲームに励む私には、この暑さは過酷だ!

眩暈がして、階段口で立ち尽くしていたら、階段へ駆け込んできたサラリーマンと思いっきり肩がぶつかった。


「あっ。」

一瞬、両足が地面から浮いたと思ったら、体が急激に下へ吸い込まれるように重力に引っ張られた。

「落ちる!!」

目をぎゅっと瞑った。


ズザザザーッ。

何かが擦れるような音が聞こえた。


案外痛くないもんだなと思っていたら、私のお尻の下に人が下敷きになっていた。


その人は左手で手すりを握って、右腕に私を抱えて、倒れていた。横受け身の技?!


「え?え?大丈夫ですか?」

いつのまにか、ぶつかったはずのサラリーマンの姿はなく、

「いたたたっ。下まで落ちなくてよかった。」と、言いながら起き上がったその人と目があった。


勇者様!

少し癖毛のある髪に、目鼻立ちの通った顔。均整のとれた身体。立ち上がるとすごく背が高い!あの勇者様にそっくり!


「あっ。ありがとうございます。」

「怪我してない?」

私は憧れの勇者様(そっくり)に会えて、高鳴る鼓動を鎮める事が出来ないでいた。

「あ。はい。大丈夫です。あなたは?大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。」と言って、手を上げ立ち去ってしまった。


しばらく、私は思いがけない状況に呆然と立ち尽くしてしまった。


勇者様だ!私の大好きな格ゲーに出てくる。私の最大のライバル。私の必殺技を、見事な足捌きで交わす姿が、美しい!あの凛としたお姿がそっくり!まだ胸の高鳴りがおさまらない。私はうっとりと勇者様が立ち去った後を見送っていた。


が、スマホのアラーム音で、現実に引き戻された私は、慌てて走り出した。

「ヤバい!塾に遅刻する!」


それから、毎日同じ時間に同じ場所で、可能な限り待ってみたが、勇者様に出会うことは2度となかった。


 ******


そして夏はあっという間に終わってしまった。


私は夏の終わりと共に、高校合格まではゲームを封印した。

ずっと格ゲー界では上位を誇っていた通称タカさんが急に消えたことで、格ゲー界は少しざわついていた。その代わりに、勇者様が上位を独占する日々が続いていた。


勇者様を見ると、あの日私を助けてくれた人の事を思い出す。勇者様…いつかまたあなたに会いたい。


叶うともわからない希望を支えに、ともかく来春までは、受験勉強に集中することにした。


 ******


そして春。希望の高校に見事合格。

第一志望の高校とあって、親も一応は喜んではくれた。

「真琴にしては、よくやった方じゃない?浮かれずに学生の本分を全うしなさい。親の言う通りにしていたら、間違いないんだから、わかった?くれぐれも目立つようなことはしないように。それと、勤務先の学校も同じ日が入学式で休めないから。」

母親にそっけなく言われた。

でも、これが平常運転。今さら、寂しいとか何とも思わない。

入学式も卒業式も、学校行事に両親が出た事など、未だかつて一度もない。でも、私はその方が気楽でかえって良かった。学校での自分の立ち位置とかを知られるのも嫌だった。


高校の入学式も一人で向かった。

それでも、新しい制服に、新しいリュック、そして新しい靴。

それだけでも、いつもとは違った。

私は少しだけワクワクした。


入学式が終わり、クラスごとに、教室へ移動した。生徒が全員部屋に入ると、

「出席番号順に席につけ。」

黒板の前に立った先生が、大きな声で叫んだ。席に座り、黒板に目をやると振り返った先生と目が合った。


ガターン!

私は驚きのあまり立ち上がって、「勇者様!」と叫んでいた。

考えるより先に体が動いていた。

先生がキョトンとした顔で、

「どうした?えーと…」と、出席簿を見ながら、

「高杉。なんだ?」と言われた。

「すっ、すいません。何でもありません。」

私は急に自分の行動が恥ずかしくなり、慌てて席に座った。周りも勇者とか聞こえなかった?とざわついていた。失敗した!

それに、先生は、わたしを全く覚えてない様子だった。

テンションマックスまで上がって、急降下。

自分の突然の行動に後悔と恥ずかしさで脳内ぐちゃぐちゃ。

顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。今さらだけど、目立たないように俯いていると、

「なに?先生に惚れちゃった?」前の席の男の子がニヤリと笑いながら、振り返った。


「無理もないよ。素人であのクオリティのイケメンはなかなかいないよね。でも、ダメ!!夢見ちゃだめ!!俺の兄貴が先生と同級生で同高卒なんだけど、先生には彼女がいるらしいよ。」

私の席に身を乗り出して、畳み掛けるように喋りかけてきた。私はあまりの勢いにたじろいでいると、そこへ、隣の席の化粧の派手な女子が声をかけてきた。

「佐野〜。それは、ガセよガセ!私の知り合いが、告白したら、今は彼女作る気がないって聞いたわよ?」

親しげに話していた2人の視線が、一斉に私にむけられた。

「なに?マジで先生に一目惚れ?」とその女子が私をじっとみつめるので、返事に困っていると、

「聞いてる?それともシカト?」

「いやいやいや。滅相もない。」

慌てて両方の手のひらを彼女にむけて振ると、

「あんた!面白いね。今時、そんなこと言う人いるんだ?武士?」と笑われた。

幽霊とは言われたけど、さすがに私も武士は初めて言われた。

私もつられて吹き出して笑ってしまった。


「なんか、声かけにくい雰囲気だと思ったけど、そうやって笑うと普通だね。

私、安西かおり。よろしくね。」思いもよらず、声をかけてもらえて、私はドキドキした。

「たっ、高杉真琴です。よろしくお願いします。」


「高杉ー。気をつけろよ。安西は遊び人だから、振り回されないようにな。」

佐野と呼ばれていた男子にそう言われた。

「2人は友達なんですか?」

「違うし。ただの同中だよー。俺、佐野武志。」と少し照れながら佐野くんが答えた。


「おーい、そこの三人。自己紹介は、順番だ!フライングするんじゃない!!」と先生に言われて、クラス中に笑いが起こった。


クラスに温かい雰囲気が流れた。こんなことは初めてだ。目立ってしまって失敗したと思ったのに、それが逆にキッカケになって、声をかけてもらえるなんて。

私は、高校生活が楽しみになって来た。

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