53 エピローグ

 カレンはロベルトの世界から帰還した後も、異世界人用に用意された屋敷で暮らし続けることになった。結局カレンも当事者であり、その調査という名目ではあったが、レスリーが手を回してくれたという面もあった。


「はぁ……」

 カレンはため息をついて部屋を出た。そこは王城の一室で、レスリーの部下と共に異世界事件の記録を作っている最中なのだ。休憩時間になり、廊下に出たところだった。


 メルビンは騎士団の新人として頑張っている。アマンダへの想いを振り切るためか、いつも以上に熱心だとカレンは思っていた。姉弟そろって異世界人に恋してしまうとは難儀な事だったが、カレンにとってもロベルトと一緒の日々は本物だった。いつまでも心にしまっておきたい思い出であることは間違いないのだ。


 帰還してから約一ヶ月。今はまだ、カレンはその失恋を引きずっているところだった。


「よぉ、嬢ちゃん」

「ウォルトさん」

 ふと現れたウォルトがカレンに話しかけてきた。


「異世界事件の記録作りだっけか。面倒なことをやってんな」

「いえいえ、私も仕事が欲しかったところなので」

「そうかい。ま、嬢ちゃんはマティアスの野郎のターゲットにもされるような異能持ちだからな。その仕事が終わっても、マティアスがやってた嬢ちゃんの異能調査を、研究部が続けるだろうよ」

「け、研究部ですか……」

「まあ、もうマティアスはいないから大丈夫だ。人道に反するような事をする奴はいねぇよ。だから次の仕事のことは心配すんな!」

 ウォルトはそう言うと、笑いながら歩いていった。



「おや、カレンではありませんか」

「お久しぶりだね」

 食堂に向かう通路で、レスリーとクェンティンがカレンの前にやってきた。


「こんにちは、レスリー様、クェンティンさん」

「カレンもこれからお昼ですか?」

「はい」

「ならば、我らと一緒にどうだね?」

「うーん、それでは、お言葉に甘えて!」

 クェンティンの誘いに答え、カレンはレスリーたちについていった。カレンが異能で苦労していることを今は彼らも承知しているので、何かと気にかけてくれるようになっていたのだ。


「あ、レスリー様、こっち!」

 一人の女性がテーブル席でレスリーたちに手を振っていた。それはレスリーの婚約者の女性だ。カレンももう知り合っていたので、挨拶をして談笑を始めた。王城は女性が少ないので、カレンにとっても彼女は気を許せる相手となっていた。


 もちろん、その婚約者が、世界の可能性の物語の一つレスリールートではカレンと敵対する運命にあった事など、カレンは知る由もなかった。


 4人での食事を終えると、カレンはレスリーたちに挨拶し、仕事に戻った。



    ◇



「え、ゼーデルガイナーが消えた!?」

「そうなんです。各部が破損していて、パイロットもいないから動かせず、どうしようか困っていたら、いつの間にか消えてしまって」

 その情報は機密度が高かったらしく、カレンの元に下りてくるまでに時間がかかった。実際は二週間ほど前に姿を消したらしい。


「古代の兵器なんですよね。もしかしたら傷を癒やすために自分で移動したのかも」

「そうですね。我々もそう思っています」

 ゼーデルガイナーが元々封印されていた場所には戻っていないようで、密かに調査団が組まれることになったそうだった。


「しかしまあ、ゼーデルガイナーの転移能力を考えると、異世界に飛ぶこともできるはずで、そうだったらもう見つかりませんよね」

 レスリーの部下は笑いながらそんなことを言った。


「転移……」

 カレンはその言葉が少し引っかかった。もしゼーデルガイナーが自分の意志で異世界に転移したなら、行く場所は一つなのではないか。


 少し抱いた希望を、カレンは頭を振って静まらせた。そもそもゼーデルガイナーが異世界に転移したなどと、誰も確かめていないことなのだから。



    ◇



「姉さん!」

「メルビン、お疲れ様」

 騎士団での仕事を終え、メルビンがカレンに合流する。カレンが王城で仕事を始めてから、よくこうして二人で帰るようになっていた。


「姉さん、帰る前にちょっと今日は寄り道しない?」

「あら、私も同じことを言おうと思ってた」

 メルビンとカレンはそう言うと、城塞都市内の公園に向かった。


 公園はかなりの面積を持ち、整備された水路があり、静かな雰囲気な場所だ。あまり人が多く立ち寄る場所ではないし、今もまばらにしかいない。ただし、そこは、カレンとメルビンが始めて美樹みきかけるに会った場所だった。


「そんな前の事じゃないのに、懐かしいねぇ」

「本当だね。ここでミキとカケルと出会ってから、僕たちの運命も大きく変わり出したんだよな」

 カレンとメルビンが言った。


 美樹たちはどういうわけかカレンたちを気遣った。それはカレンを中心にした未来の可能性を知っていたからだと、カレンは今でこそ分かっている。当時は、知り合ったばかりの美樹たちに引っ張られて、異世界人用の屋敷にカレンとメルビンも押し込まれたのだ。あれから、カレンとメルビンの生活は大きく変わった。


「姉さん、まだロベルトのことを……?」

「うん、全然まだまだ消えない。メルビンは?」

「僕もだよ。アマンダ、どうしてるかな……」


 二人で茂みに座り、空を見上げた。ロベルトとアマンダがいるのは異世界だから空は繋がっていない。しかし、どこかにいるのは確かなのだ。そんな想いでカレンは空を見ていた。



 しばらくそうしていると、空気の流れを感じた。風だろうかとカレンは思った。


「あ、あれ……、どうなってんだ、この風……!?」

 メルビンはそう言いながら立ち上がった。カレンとメルビンの座っていた近くの空間が揺らめき、そこから風が吹いている。


「な、何、これ!?」

 カレンがそう言った瞬間、揺らめいていた空間から爆発的に風が吹き荒れ、カレンとメルビンは転倒してしまった。


「び、びっくりした!」

「姉さん、大丈夫!?」

 言葉を交わしながら二人で身体を起こすと、そこには赤い何かが横たわっていた。尖った先端を持つ大きな物体だった。


 物体の頭上で何かが開き、何者かが飛び降りてきた。


「おおー、本当に上手くいった! 元気だった、メルビン!?」

「は……? な、何で……!?」

 メルビンの前に現れたのはアマンダだった。メルビンは惚けた声を出した後、言葉も無しにいきなりアマンダを抱き締めた。


「うわ……! ちょ、メルビン、いきなり……!?」

「何を考えているんだ君は!? 二度と会えないっていうから、向こうではこんな事さえ我慢したっていうのに、何で……突然、来るんだよ!?」

「……うん、私もびっくりしてる」

 アマンダはそう言うと、しずしずとメルビンの背中に手を回した。


 呆気にとられたカレンは再び赤い物体を見た。


「大きくて赤い……、もしかしてこれ、ゼーデルガイナー……?」

「その通り!」

「!?」

 アマンダが出てきたところからロベルトが顔を出した。カレンは驚き、そこを凝視する。


「カレン、久しぶり!!」

「ロベルト……なの?」

「ああ!」

 ロベルトも飛び降りてきて、カレンの前に立った。


「アマンダの前に突然ゼーデルガイナーが現れてさ。しばし兵器としての自分を封印する、乗り物として使っても良いぞ、とか言い出したんだ」

「そしたら今の形に変形してね。色々と試してたら、転移できそうだったからやってみたってわけよ」

 メルビンが離そうとしないので、顔の向きだけ変えてアマンダが言った。


「カレン、メルビン、一緒に来る?」

「え?」

 ロベルトとカレンが言った。そして、カレンは微笑んだ。


「次はどこに行くの?」

「そりゃあ勿論……」

 カレンが聞き、アマンダがメルビンの身体を押し返して言った。アマンダはそのまま言葉を続ける。


「まずはヤマトたちの世界でしょ!」

 アマンダが笑顔で言った。カレンとメルビンは顔を見合わせ、頷いた。



 四人でゼーデルガイナーに乗り込み、アマンダが操縦席に座る。


「ヤマトたち、どんな顔するかな……?」

「どうせなら思いっきりびっくりさせてやりましょ!」

「俺としては、ヤマトとミキの進展具合も確認したいな」

「それは必須ね! あと、カケルとメアリーも会わせてあげたい」

 メルビン、カレン、ロベルト、アマンダが順に言った。


「よーし、頼むわよ、ゼーデルガイナー!」

『承知した』

 アマンダの声にゼーデルガイナーが答えた。


 ゼーデルガイナーは静かに動き出す。そして、世界の壁を超える転移動作に入った。




 完

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