43 それぞれの恋慕2

 アマンダは魔法学校の屋上にいた。日が落ちても残る暑さに多少は効く風が心地よい場所だ。隣にはメルビンがいて、演劇の感想を言い合っていた。


「ったく、ああいうのはレスリー様とか、教養のある方が演るべきだったよ。何で僕だけ転移してしまったのかね……」

「ボヤくな少年。楽しくはなかった?」

「いいや、楽しかった。だけど、プロだったらそれだけではいけないはずだろ?」

「私たち、プロじゃないじゃん!」

 相変わらず生真面目な事を言う奴だとアマンダは思った。拍手を浴びることはできたが、それに見合うクオリティには到達していないと、メルビンは考えているのかもしれない。


「あ、姉さん」

「ん? ああ、踊ってるのね、ロベルトとカレン」

 屋上から、やぐらの近くで踊っているロベルトたちが見える。メルビンはそれを神妙な顔で見つめているようだった。


「大いなる闇を倒したら、離れ離れになってしまうというのになぁ」

「あの二人が決めた事だから、文句言っちゃダメよ」

「それは分かってる。でも、僕だったら、交際はしない」

「良いんじゃない? それもそれで一つの答えよ。私も同じだなぁ。でも、私がそうなったら、気持ちを伝えるくらいまではしたいかな」

「そっか。奇遇だな、僕もそう思うよ」

「あら、気が合うじゃない」

「そう、気が合う。ずっと思っていたよ、僕は……」

 メルビンはそう言うと、アマンダに向き合った。


「アマンダ、君が好きだ」

「……マジ?」

 メルビンの告白に、アマンダは目を見開いてメルビンを見た。


「冗談でこんなことは言わない」

「そう、でしょうね。そういうキャラじゃないわ、メルビンは」

「さっきも言った通り、交際を申し込んだりはしない。僕は君と添い遂げることはできないんだから。でも、気持ちを知っておいてほしかった」

「……うん」

 切ない表情を浮かべるメルビンを、アマンダは見た。メルビンはハキハキと喋ったし、動揺も見せず、赤面したりもしていない。カッコいい奴だと、アマンダは思った。


「きっと、初めは憧れだったんだと思う。僕の世界で、君みたいに飄々ひょうひょうと魔法を使いこなす女性はいなかったから。ゼーデルガイナーを起動してしまった事も、本当に凄いと思った。そして、近くで、君を見ていたくなった」

「何か、こそばゆいなぁ……」

 メルビンが美男子なのはアマンダも痛感している。何人もの女子生徒が黄色い声を上げていたから。しかし、アマンダは、メルビンの努力を惜しまないところや、人を尊重できるところ、そして、自分の心に真っ直ぐなところこそ、本当に美しいと思った。


「じゃあ、メルビン。私からも一つ」

「……ああ」

「もし、私たちがこんな立場じゃなくて、メルビンが私と交際したいと言ってくれたなら……、私は受けてたよ」

「そうか……。それは、嬉しいな……」

「ありがとう、メルビン。私も、本当に嬉しい……」

 アマンダは右手を差し出した。メルビンはその手を取り、二人は握手をした。


「苦しいな、報われない恋というのは。僕にとっては、忘れられない傷になりそうだ」

「きっと、私も……。あんたが想いを伝えてくれたから。多分この後、メルビンのことをいっぱい考えるようになって、離ればなれになった後もしばらくは引きずってるよ……」

「そうか、悪いことをしたな」

「ううん。その傷は尊いもの。悪いことなんかじゃない」

 アマンダはそう言うと、メルビンの頬にキスをした。メルビンは驚いたようで、その部分を手で抑えた。


「このぐらいは、いいでしょ?」

「ふふっ、そうだな。なら僕からも」

 メルビンはアマンダの手を取ってひざまずき、甲にキスをした。アマンダもまた、その部分を大切そうにもう一方の手で抑える。


「アマンダ、君と出会えて、良かった」

「メルビン、ありがとう。私も、あんたと出会えた事、忘れないわ」



    ◇◇(山和やまと視点)



 後夜祭が終わり、参加者は思い思いのうちに会場を後にした。


 俺の様子の変化を敏感に感じ取ったらしいアマンダがニヤニヤしながらロベルトと共に俺の元に来たので、美樹みきとの事を報告した。


「ふふっ、よくやったわ、ヤマト!」

「まだまだこれから、頑張れよ!」

 アマンダとロベルトに背中をばんばんと叩かれる。世話焼きなお人好し共め!


「ロベルトは? カレンとは楽しかった?」

「ああ。大切な思い出になったよ」

 アマンダの言葉にロベルトが答えた。


「アマンダは何も無かったのかよ?」

「えー、秘密!」

 俺の質問にアマンダが答えた。いつも通りの顔過ぎて何も読み解けない。まあ、ロベルト✕アマンダが起こらなかった時点でアマンダの恋愛模様など、俺に想像できるはずもないか。


 俺たちは挨拶し、アマンダは家に、俺とロベルトは寮に戻っていった。


 寝る準備まで済ませたところで、高揚した気分を落ち着かせようと、俺はロベルトと寮のエントランスのソファに座って話し込んだ。見れば、同じようにしていた寮生も多かった。皆、浮かれていたのだと思う。


 夜も更けた頃、かけるが帰ってきた。こいつ、だったのではないだろうか……。


 何となく、寮内だけでなく、外の街もいつもより賑やかな気がした。皆、何となく感づいていたのかもしれない。『嵐』が近い事を。



 翌朝。

 大いなる闇の復活の一報が、街中を飛び交った。

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