40 学園祭
ロベルトとアマンダの世界の夏は日本に似ているようで、湿気の多い暑さで毎日のように汗が吹き出す。もっとも、魔法による空調設備がある建物の中では快適なものだった。夏の盛りに行われる魔法学校の学園祭の準備も、空調の効いた屋内であれば辛くはない。
衣装を合わせての俺たちの演劇の練習も少しずつ進んでいるし、学校内は学園祭の準備で廊下には物がたくさん置いてあったし、活気に溢れていた。相変わらず学徒動員に巻き込まれている上級生たちも、せっかくの機会を後輩たちに楽しんでもらいたいらしく、暖かく見守っているようだった。
魔物の出没数は日が経つに連れて、段々と増えていく。大いなる闇が封印されている場所の周辺地域は特に多かったが、離れた場所でも多くの魔物が出現していた。毎日のように魔物事件の報道がなされ、どこの地域のどの部隊が対処に当たった、大損害を受けて怪我人が多数出た、といった情報が溢れている。俺たちのいる魔法学校だけでなく、多くの教育機関から学徒動員が行われている事は公然の秘密だったが、報道ではその情報は出ていなかった。
そして、大いなる闇との決戦が近いという未来事情を知っている異能研究グループのメンバーは、その前に行われる学園祭の準備を精一杯楽しんでいた。
「よし、最後の通し練、終了だ!」
「皆、良かったよ! 本番もお願いね!」
俺と
ロベルトとカレンは一緒に学園祭を回るようだったし、俺は何とかして美樹と一緒に回れないかと誘うタイミングを伺っていた。練習後、全員の着替えが終わって解散した後、俺は美樹に近付いた。しかし、そのタイミングで美樹がアマンダに声をかけた。
「アマンダ、明日の学園祭一日目、一緒に回ろうよ!」
「うん、いいよ!」
ぐふっ……、美樹に先手を撃たれてしまった……。もしかすると、俺が声をかけようとしていたことも勘づかれていたのかもしれない。やっぱり警戒されているのだろうか。美樹は『男』に嫌気が指しているのだから……。
「それ、僕も混じっていいか?」
メルビンが美樹とアマンダに声をかけた。メルビンも、カレンをロベルトと一緒にいさせたいと思っているようだし、それも無難な話か。
「お、いいぞ少年。ヤマトも来る?」
アマンダは不意に俺にも声をかけてきた。くそっ、楽しまれているな、これは……。
「ああ、行くよ」
俺はそう言い、アマンダたちに合流した。美樹のことをチラッと見たが、その表情からは俺を警戒しているのかどうか分からなかった。
◇
学園祭一日目。
魔法学校では生徒による多くの出し物が展開されており、生徒たちが交代で楽しむだけでなく、街の住人も多数訪れている。学徒動員の事実も皆知っているので、差し入れ会場が大賑わいとなっていた。
俺は先日の約束通り、美樹、アマンダ、メルビンの4人で学園祭を回った。なお、
「おー、アマンダたち!」
「ベラ、おはよう!」
ベラに声をかけられ、アマンダが返答する。ベラたちはお化け屋敷をやっているようで、教室の一つが貸し切られていた。ペアで挑む作りになっており、並んでいるカップルらしき人たちも少なくない。
「ま、魔法を駆使したお化け屋敷か……」
「凄そうね……」
俺と美樹が言った。
「ヤマトとミキは本当に楽しめるかもよ。魔力が無いと先読みができないだろうからね。さっきロベルトとカレンが来たけど、何度も叫んで抱き合いながら出てきたよ!」
ベラが楽しそうに言った。
う、うーん、そう言うけど、その抱き合いながらというのは、あの二人の場合、半分狙っての事なんじゃないだろうか。いや、素もあるんだろうけどさ。
俺はふと美樹を見た。美樹も興味津々でお化け屋敷を見ているが、もし一緒に入れたら抱きついてきてくれたりは…………しないだろうなぁ……。大体、美樹はアマンダと一緒に入りそうだ。
そう思っていると、メルビンがアマンダに話しかけた。
「ふん、面白そうじゃないか。一緒に入らないか、アマンダ?」
「おや、いいよ少年。まあ、メルビンほどの魔法の使い手だと、魔力の兆候で脅かしタイミング分かっちゃうかもよ」
「それはアマンダも一緒だろ?」
「どうだろ?」
アマンダは楽しそうにメルビンと話している。思いがけずメルビンがアマンダを誘ってくれたので、俺に頑張るチャンスができてしまった。
「え、えっと、じ、じゃあ、俺たちで入る?」
「オッケー」
緊張が出て、どもってしまった俺の誘いに、美樹はあっさりと答えた。女子側も恥じらうラブコメのようになどなるはずもなかったが、そんなことに残念がる必要はなく、美樹と一緒に入れるということで俺のテンションは爆上がりしてしまった。
順番が進み、アマンダとメルビンのコンビが入っていく。先ほどまで悲鳴が
これまたビビった女子が男子に抱きつくラブコメ展開とは程遠いようだった。いつどうやって驚かされるかを二人して予測しながら進んでいるのかもしれない。ある意味、この二人も相性は良さそうだ。
「あー、楽しかった!」
「でもまあ、僕たちを怖がらせたかったら、脅かしよりも生理的に怖い作りにしないとダメだな」
出てきたアマンダとメルビンはそんな感想を口にした。そして、アマンダは俺にウインクしてきた。『頑張れよ』と言っているようなその表情だ。もしかすると、俺と美樹をペアにするため、メルビンもグルだったのかもしれない。
「よし、行こうか、
「あ、ああ……」
俺は美樹と共にお化け屋敷に入っていった。内部はなかなかの雰囲気だった。魔法で灯しているのか、鬼火のようなものが飛んでいる。
「こ、これは……」
「そ、想像以上に怖いね……」
俺に続き、美樹も泣き声を言う。さっきまで余裕の様子だったが、やはり怖いものは怖いらしい。
二人で歩いていると、目の前にいきなりミイラ男が出現した。
「うおお!?」
「きゃあっ!?」
魔法で姿を消していたのだろうか。心臓に悪すぎだった。
美樹は飛び上がって俺のシャツの袖と腕を掴んだ。
「っ……!?」
美樹が勢い余って、上半身を一瞬だけ俺の腕に押し付けたのを、俺はミイラ男にビビったせいで認識するのが遅れた。
ちょ……、もしかして今、当たった……!? な、何か腕に出っ張りを感じた気がするんですけど……!?
「ご、ごめん、山和くん……」
「い、いや、だだだ大丈夫……!!」
俺は動揺を隠せずにキョドりながら返答した。
そして、自分の腕と美樹の上半身の位置関係を見てしまう。胸が当たったのかどうか確認したくなってしまったのだ。
「きゃああっ!?」
「うわあっ!?」
しかし、俺に
出口を通るまでに二人して何度も叫ぶハメになった。
「こ、怖かったねぇ……!」
「あ、ああ……!」
そう言うと、美樹は俺の腕から手を離した。それは、正直、凄く残念だった……。お化けに恐れ
「随分と叫びまくってたねぇ」
「アマンダ~」
ニヤニヤ顔で近付いてきたアマンダに美樹が抱きつく。アマンダはよしよしと美樹の頭を撫でた。
「良い反応だったよ、ヤマト!」
「こういうの苦手なんだな、ヤマト」
ベラとメルビンが言った。ベラは楽しそうだったし、メルビンも俺をからかっているような表情だった。
ベラに挨拶をし、お化け屋敷から離れる。しばらく4人で色々な所を回り、シャネットやリオノーラたちがやっている喫茶店で昼食を取った。しばらくそのまま談笑する。
「さてと、私、準備があるからそろそろ行くね」
アマンダは立ち上がりながら言った。アマンダは学園祭一日目にも出し物があるのだ。
「うん、また後でね」
「俺たちも見に行くよ」
「ご武運を、アマンダ」
美樹、俺、メルビンが順に言った。
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