31 始まりひとつ

 予定の公園に着くと、そこにはラザードも来ていた。


「ここで、良いんですよね?」

「ああ。まだ少し時間があるから、楽にしているといい」

 ラザードが俺たちに言い、俺たちは公園の自動販売機で飲み物を買った。


「ここ、穴場だな……。人が少ない」

「だから、ここを選んだんじゃない?」

「景色が綺麗ねー。これならもっと人が多くても良いものだけれど」

 俺、美樹みき、アマンダが言った。公園は高台にあり、街を一望できるのだ。


 ロベルトとカレンは、少し離れた場所で街を指差したりして、談笑している。俺はアマンダと美樹を順番に見て、頷き合った。三人で少し距離を取る。


「もう、時間の問題だろうなぁ、あの二人……」

「そうね。あー、良いなぁ。私も素敵な恋がしたい!」

「アマンダのこれまでの話とか、興味あるな」

「お、恋バナしちゃう~?」

 美樹とアマンダは別の盛り上がりをしてしまい、俺の入り込むスペースが無くなってしまった。仕方なく、俺はラザードの元へ行った。


「おや、どうしたね、山和やまとくん?」

「いや、流石に女子トークにはついていけない、と思いまして」

「ほっほっほ、そうか」

「ところで、かけるが転移から外れてしまいましたが、大丈夫なのでしょうか?」

「全てが終われば、必ず元の形に戻る。だから翔くんも最終的にはこの世界に戻ってくるだろう。心配するな」

「そうですか……」

 だとしたら、本当に世界の意志に気を使われたのだろうか。何の因果か翔はメアリーに恋をしてしまったらしいから、今ぐらいは一緒にいられるようにと。



    ◇◇(視点変更)



 ロベルトは景色を見ながらカレンの横顔を見ていた。いつでも儚げな顔をする彼女を美しいと思いながら。


 魔法の世界で魔力無し。それはロベルトも同じ境遇だった。しかし、ロベルトは異能を認められ、仲間にも恵まれた。一方、カレンの強制的に魔力を奪う異能はどうしても人を遠ざけてしまう。あの世界でのカレンの立ち位置はそういうものだった。ロベルトは、そんなカレンの心を支えたかった。


「カレンはさ」

「ん?」

「好きな人とか、いなかったの?」

「……」

 カレンはしばし沈黙した。そして、言葉を続けた。


「私に、そういうのはダメよ。この異能があるから。メルビンとでさえ、触れ合うことも出来ないんだよ?」

「……現れなかった? 触れ合えなくても良いと言ってくれる人」

「いないよ、そんな人……」

「そうかな?」

 確かに難しいのだろうとロベルトも思った。多分、カレンの方も気にしてしまうのだろうから。きっと、それでも愛してくれる男性が現れたら美しいことだとは思うが、ロベルトにその役は務められなかった。


「カレン、少し、歩こう」

「えっ? う、うん……」

 ロベルトは、夏の暑さの元でも手袋をしているカレンの手を取り、公園を歩いた。街の景色が綺麗だったが、何かのイベントだろうか、花火が上がっているのが見えた。


「……」

「……」

 花火を見つつも無言の二人。そして、しばらく歩いたその先、他の者からは見えない位置で、ロベルトはカレンに向き合った。


 花火の音が響き渡ったその時、ロベルトはカレンに想いを告げた。その言葉は花火に掻き消され、きっとカレン以外の誰にも聞こえなかった。


 カレンは目を見開き、ロベルトの目を見つめる。


「……ありがとう、ロベルト。でも、ダメよ」

「どうして?」

「ロベルトには幸せになってほしい。だから、触れられない女なんて、ダメだよ」

「君の、気持ちはどうなんだ?」

「っ……!?」

 カレンは痛いところを突かれたという顔をした。きっとカレンは、自分が好きになった人に想いを伝えられたとしても、拒絶しようとしてしまうのだろう。相手のことを思って。少し、嫌な聞き方をしてしまったと、ロベルトは思った。


「いや、ごめん、今の聞き方はズルい。うーん、ダメだなぁ。これをいつ明かそうかと思ってたんだけど、タイミング分からないから、もう今言う」

「え?」

 ロベルトは右手でカレンの頬に触れた。カレンは驚き、ロベルトの手を払い除けた。


「な、何やってるの!? ダメよ、本当に危ないんだから!」

「大丈夫。ミキだって、そうだろう?」

「え……?」

「俺は、魔力無しなんだよ」

 それを聞くと、カレンは動きを止めた。ロベルトは無言でカレンの手から手袋を外し、その手に触れる。


「ほら、ね」

「どうして、黙ってたの……?」

「ズルいと思ったんだよ……。だって、俺、君のこと好きなんだぜ……?」

「!? バカ!」

 カレンはもう片方の手の手袋を外し、両手でロベルトの手を握った。


「戸惑ってはいたの。ロベルト、こんな異能持ちの私に、随分と優しくしてくれたから……。そんな裏があったなんて……」

「普通の魔力持ちの人が、壁を乗り越えて君を想う方がドラマティックだったとは思う。そうではなくてごめん」

「いいよ、そんなの!」

 カレンは勢いよくロベルトに抱きついた。その行動に、ロベルトは目を白黒させる。


「本当にいいのかな、私なんかで……」

「君だから、だよ。さっきも言っただろう?」

「……ありがとう」

 カレンはそう言うと、ひと呼吸置いた。そして、言葉を続けた。


「私も……ロベルトが、好きです……」

 それを聞き、ロベルトもカレンを抱きしめた。平静を装っていたが、ロベルトも不安だったのだ。しかし、届いていたらしい、自分の平凡極まりないアプローチは。それがロベルトの心を高揚させた。


 こうして、共に魔力無しの主人公たちの新しい関係は、始まりを告げた。


 口づけを交わした後、カレンの顔が真っ赤になっているのがロベルトにも分かった。しかし、自分の顔も真っ赤だろうと思った。頬が火照っていたのだ。皆には茶化されるだろうか。浮き立つ心を抱えつつ、ロベルトはカレンの素肌と手を繋ぎ、山和たちの元へ歩き始めた。




 しかし、途中でふと見知らぬ男に出会った。


「ロベルトとカレンが共に行く、か……。本当に、未来というのは変わるものですね」

「え?」

「あなたは?」

 自分たちの名前を言い当てたその男に警戒しつつ、ロベルトたちは尋ねた。


「失礼。僕は、今日、あなたたちと会う約束をしていたクリストファーという者です」

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