24 重要事項が二つ

 結局、俺は何度も美樹みきかけるが二人でいるところを見ていた。だから、美樹が翔を連れ出すのも把握できたのだ。美樹は翔をメアリーと引き合わせていた。こっそり近づいてみると、翔は神妙な顔でメアリーと話していた。翔の中で何かが始まったと思えるような様子だ。


 そして、それを美樹が先導したという事実に、俺は頭が混乱した。誰もがうらやんだはずの仲良しビッグカップルの片割れが何故そんなことを……。


「美樹ちゃん……」

 気づけば、俺は美樹に声をかけていた。


「ん、山和やまとくん?」

 美樹が俺に振り返る。俺は何から聞くべきかと悩んだ。


「えっと、その……。ちょっと聞きたいことが」

「はぁ……。ま、いいよ」

 美樹はうんざりしたような顔で言った。突然そんな態度を取られた事も、俺には気がかりだった。


 俺は美樹と共にベンチに座った。ちょうど食べ物を持っていたので、美樹にも渡した。


「ありがと」

 美樹はそれを食べ始める。しばしの無言。聞きたいことがあるのなら聞け、暗にそう言っているようだった。俺は観念し、一番聞きたくなったその疑問をぶつけることにした。


「美樹ちゃん、あのさ……」

「なぁに?」

「翔は、美樹ちゃんの、なに?」

「……」

 そう、それを一度も確認したことが無かった。俺はそれに気がついてしまった。美樹と翔がカップルだというのは、二人があまりにイチャイチャしているから周りが勝手にそう思っただけで、誰もその事実を確認しなかったのではないか……。


「……山和くんはさ、翔のフルネーム、知ってる?」

「えっ? 浅本あさもと翔、だよね?」

「そうね。……じゃあ、はいこれ。多分、これが山和くんが抱いている疑問への答え」

 美樹はそう言うと、財布から一枚のカードを出して俺に手渡した。それは美樹の高校の生徒手帳だった。


「浅本……美樹……? えっ……? えっ……? 一体どういう……」

「どういうこともヘチマも無いでしょう。それは私のフルネームよ」

「だ、だって、君は三木山みきやま美樹だったはずだろう!?」

「それ、芸名。劇団活動している時に使っていただけよ」

「え、ぇぇええええーーーー!?」

 俺は思わず叫び声を上げてしまった。見れば、周りの生徒がこちらをチラチラ見ているし、美樹は耳を抑えている。


「急に叫ばないでよ、うるさいなぁ!」

「ご、ごめん……。いやでも、じゃあ、翔は……」

「翔と私は双子の兄妹よ」

「マ、マジかよ……!!」

 明らかになってしまったその事実に、俺は浮かれる心を抑えきれない! 随分と仲の良い双子ということになるが、つまり美樹は付き合っているわけではなかったのだ! 俺はあからさまにテンションを上げてしまった。


「反則だ、ズルい! 似てないじゃん、二人とも!」

「でしょ? でも、アマンダには一発で見破られたよ。何か、頬の一部が似てるんだって。だから見る人が見れば分かるのかも」

 そういうことか、だからアマンダやメアリーは俺を焚き付けようとしていたんだ。翔と美樹が兄妹だと知っていたから……。


「で、でも、どうしてカップルを装ってたんだ?」

「装ってない。ただ兄妹で仲良くしてただけよ」

「え、ええ……?」

 気持ちが高ぶった俺はそんなことまで聞いてしまう。俺が美樹を意識していることまでバレてしまっただろうか。


「ごめん、嘘。本当は翔に男けになってもらってた」

「そ、そっか、やっぱり……。でも、何で?」

「はぁ……。まあ、山和くんになら話してもいいか……」

 美樹はひと呼吸置くかのように、コップの中身を飲み干した。そして、言葉を続けた。


「劇団活動で、尊敬していた先輩がいたのよ。ある日、彼氏ができたって喜んでた。でもね、その相手ってのが所謂ヤリチンだったのよ。結局、先輩はヤリ捨てられてしまった」

「うわぁ……、本当にいるんだ、そんな男……」

「そ……。それでその先輩はショックを受けてね……。強い人だったのに、私の前でもポロポロと泣いてしまう日もあってさ。私も多感な時期だったし、男に拒否反応が出ちゃったのよ」

「そ、そっか……」

「その後、私にも何人かのヤリチンが粉かけてきた。どいつもこいつも手口が巧妙だった。翔が裏を取ってくれたから難を逃れることができたけどね」

 大活躍じゃないか、翔……。今まで意味もなく嫉妬してしまってすまなかった……。


 それにしても、美樹は美人だ。そこは間違いない。だから、狙われる率も高いのだろう。相手を見極めなければならない苦労は絶えないはずだ。


「それで、本当に嫌になっちゃってさ。翔に男避けやってもらうようになったのよ」

「そう……だったのか」

「でも、人には言わないで。そういうのに嫌気が指してるのは今も変わってないから」

「……俺は…………、いや、分かったよ」

 俺はそういう奴らとは違う。そう言いかけて止めてしまった。口では何とでも言える。行動で示さなければならないのだろう。


「まあ、劇団関係を休止してたのはそんな経緯が原因。色々忘れてブラブラしたかったの」

「でも、戻りたい気持ち、あるでしょ?」

「うん、あるよ。でも、この転移に巻き込まれているうちは無いかなぁ……」

「ははっ、確かにそうだ!」

 俺は美樹と笑い合った。正直、ちょっと前より遥かに楽しい。愚かなことだ。以前は翔への嫉妬の方が大きかったからだ。


「さて、じゃあ、バッドエンド回避のため、ロベルトの動向でも見てくるかね」

「私も行こうか?」

「いや、ロベルトも男同士の方が話しやすいこと、あるだろうし、とりあえず俺だけで行ってみるよ」

「分かった、頑張ってね」

「ああ!」

 俺は立ち上がり、笑顔で手を振って歩き始めた。



 うああーーー、なんてこった!!


 今はバッドエンド回避のために奮闘しなければならない時だ。しかし、美樹がフリーだったという事実に、俺は高揚を抑えられなかった。秘密を共有した優越感でいっぱいだったし、美樹の整った顔が前より何倍も綺麗に感じられる。


 付き合えるようになったわけではない。関係は何も変わっていないのだ。だから、自分でもアホだと思う。しかし、俺はすっかり有頂天になっていた。


「ヤマト、どうしたの、嬉しそうよ?」

「お、アマンダか!」

 アマンダが話しかけてきた。何やらニヤついた表情をしている。どうやら、俺が美樹と話していた事を把握しているようだ。


「ミキと何かあったの?」

「まあ、ね……!」

「えええ!! 聞きたい、聞きたい!!」

 アマンダは俺の腕を引っ張り、バーベキュー会場から少し離れた場所に連れ出した。ベンチもあったので、二人で座った。


「で、どうなったの!? 告白でもしたの!?」

「え、いや、そういうわけじゃ……」

 そういえばアマンダは美樹と翔が兄妹であることを知っていたんだった。だとしたら、残念がらせてしまうかもしれない。


 俺はこれまで美樹と翔がカップルだと思い込んで嫉妬し、さっき事実を知った旨をアマンダに伝えた。


「ぷっ、何よそれ! あはははは!!」

 アマンダは予想外という顔で爆笑する。


「それで今までミキに微妙な関わり方してたの!? ヤマト、可愛い!!」

「ふっ、笑うがいいさ、ピエロな俺を!」

 笑われても別に何ともなかった。そのぐらい、俺のテンションは上がっていたのだ。


「でもアマンダ、よくあの二人が双子だって分かったな? 俺、全然気づかなかったよ……」

「そう? 似てると思うよ、結構」

「頬の一部が、だっけ?」

「それもあるけど、何というか、魂の在り方が似てる」

「そ、それは俺には分からないや……!」

 流石は、優秀な魔法師の卵であるアマンダ。そんな見方まで出来るとは。


「ま、何にしても、本当に嬉しそうね、ヤマト」

「バカだと思うよ、俺も……。でも、何か今なら世界も救えそうな気がする!」

「あはは、いいんじゃない? 多分、同じような気持ちの人、他にもいる気がするよ」

 アマンダがバーベキュー会場を指さした。皆はしゃいでいるし、誰かが誰かに告白する事があってもおかしくない雰囲気だ。そしてそれが成功したら俺以上にテンションが振り切れている奴も出てくるかもしれない。


「そういえば、ロベルトを探そうと思ってたんだった」

「それも大事な問題だものね。でも、そのうちロベルトから相談が入るかも、よ?」

「え、そうなの?」

「多分だけど、ロベルトも何かを悩んでいるね。まずは男であるヤマト辺りに相談するんじゃないかな」

「マジか! それも全然気づいてなかったよ!」

 よく見てるなぁ、アマンダは。あのロベルトの朴念仁づらからそこまで読み取るとは! でも、それは非常に良い流れだ。もしかすると、バッドエンド回避も近々確定なのか!?


「ヤマト、アマンダ、何してるんだ?」

 まさにそのタイミングでロベルトがやってきた。あまりのタイミングの良さに俺はその後の展開まで期待してしまう。


「んー、ちょっとヤマトの恋バナをね」

「おい、アマンダ!」

 あんまり言ってほしくないと思いつつも、何か嬉しい。テンション上がり過ぎだな、俺。


「恋バナ……か」

 ロベルトはベンチの端に腰を下ろした。そして、しばし無言になった後、言葉を続けた。


「二人になら、相談できるかな……?」

「え、ロベルト、それって……?」

 こ、これはまさか、ロベルトから恋の相談!? キターーーー、それは素晴らしい!! 今日は何て良い日なんだ!!


「いいよいいよ、全然聞くよ!!」

 アマンダはニヤけた顔でロベルトの方を向いた。連続で恋バナを聞けそうなのが嬉しそうだ。


「実は、気になる人が、いる。だけど、なかなか難しいと思っててさ」

 恋の相談確定、来た!! まだ、からロベルトへの気持ちもケアしないといけないが、それは次の話であって、ロベルトに気になる人ができたというのは物凄い前進だ!


「難しい? 相手は誰なの?」

 アマンダが聞いた。


 そう、それも重要だ。ベラかエリザベートだとバッドエンド回避はほぼ確定でありがたいけど、他の女子でもここは仕方ない。そのの魔力の底上げをすれば、ロベルトの魔力増幅と併せて、きっと大いなる闇にも勝てる!


「えっと、気になってる相手っていうのは……」

 うんうん、誰だ、早く言いたまえ、ギャルゲー主人公!


「カレンだよ……」

「えっ、カレン……?」

 アマンダが聞き返した。


 ……え、カレンなんて、このグループにいたっけ? いや、いないよな……。俺が知ってる『カレン』は、乙女ゲーム『混沌のホーリーナイト』の主人公だけだぞ??


「多分、初めて会った時から気になってた。あの儚げな雰囲気も、いつでも悲しそうな顔をしているところも。幼い頃から苦労してきたというその境遇への共感のせいかもしれない。異世界のだから、難しいのは分かってるんだけどさ……」


 異世界の……カレン……? え、マジで『ホーリーナイト』の主人公のカレン……?


「それって……、メルビンのお姉さんの……カレン?」

「ああ、そうだよ……」

 俺の確認に、ロベルトは肯定を返す。俺は一瞬アマンダを見た。アマンダもそれに気づいて俺を見た。


 そして、俺の目線はそのまま横にズレ、現実逃避するかのように明後日の方を向いた。急に冷や汗が止まらなくなる。


 TSU☆MA☆RI、ギャルゲーの主人公ロベルトは、乙女ゲームの主人公カレンに惚れちまったということだ!


 ちょっと、ロベルトさん! カレンは魔力無しだよ! あんたの異能、不発だよ! ゼロは何倍にしたってゼロなんだよ!!


 人の気持ちは自由だけど、今は悪態をつかせてくれ! 何故だ! 何故、よりによってカレンなんだ!? 『ホーリーナイト』の世界でだって、カレンが唯一の魔力無しだっただろう! どうして、せめてあの世界のメイドとか、そういう事にならなかったんだ!


 美樹の件でストップ高を飛び越えた俺のテンションは、ロベルトからもたらされたその事実により、大暴落していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る