23 始まる恋模様

 俺は攫われたかけるとメアリーの捜索を、美樹みきと共に待った。翔がターゲットにされたこともあり、美樹はずっと心ここにあらずという様子だった。


 しかし、やがて朗報が届いた。翔はメアリーをおぶって自分で脱出してきたらしい。エリザベートが洞窟の中に押し入ると、失神しているグリザリーがいたので、拘束したそうだった。


 翔とメアリーが運び込まれた村の診療所に行くと、メアリーはベッドに寝かされ、翔は椅子に座っていた。


「翔!」

 美樹が翔に駆け寄って抱きつく。俺もその後を追い、翔とメアリーの無事を喜んだ。


 翔はメアリーに助けられたと言い、メアリーは翔が助けてくれたと言っている。一体、洞窟で何があったのか。いずれにしても、二人で呪術師グリザリーを撃退したということだ。


 翔は呪術を受けており、メアリーには物理的なダメージがあるため検査が必要との事で、俺たちは早々に診療所から出た。宿に戻ると、全員が食堂に集まっていた。


「くそ、折角、肝試し楽しかったのに、その呪術師め!」

「また改めて企画しようよ」

「すまないな、私が油断したせいで君たちに迷惑をかけてしまったようだ」

 生徒たちの嘆きにエリザベートが答えた。呪術師グリザリーは先ほど街から来た兵士たちが連行していったが、エリザベートはもうしばらく滞在するという。一応、それはゲーム通りだ。


「俺たちはちょうどマックスに脅かされる直前だったよね」

「うん。イベント中止の合図を見たマックスの顔が傑作だった!」

 ロベルトとベラが言った。二人の親睦は深まったようだ。実は、結構いい感じだったりしないだろうか。だとしたら、明日のバーベキューをどうするか悩ましい。ロベルト✕ベラを押すか、それともエリザベートとも絡ませるべきなのか。


 しかし、何にしても翔とメアリーの無事を全員で喜び合い、解散となった。俺は部屋に戻り、同室のロベルトや男子生徒としばらく雑談した後、床についた。



    ◇



 翌日。

 この日は実習最終日だ。もうクラーケンは退治しているので、後は海辺の村を楽しむだけだった。


 夕方までは自由行動になっており、再び海水浴に出る者、周辺探索に出る者、朝の漁で取れた魚介を食べに出る者など、様々だった。


 俺はロベルトとアマンダと美樹と共に行動した。ロベルトを焚き付けるのも大事だが、ここはイツメンでの行動となった。話し合わないといけないこともあるのだ。


「そろそろ、転移がありそうな気がするわ」

「そう?」

「これまで、何か大きな出来事が終わる度にヤマトたちは転移していたからね」

「なるほど」

 アマンダと俺が言った。確かにその通りだと思う。だとしたら、いつ起こるのか。ロベルト焚き付けタイムが無くなってしまうから、せめて今夜のバーベキューの後にしてほしいところだが。


「次、転移するなら、また俺たちも巻き込まれるのかな? 行き先はヤマトたちの世界か、それともカレンのいる世界か……」

「それが全然分からないのが不便よね」

「そうだね。カレン、元気かな……」

「きっと大丈夫よ。メルビンがついているし、レスリー様も随分とあの姉弟を気にかけてくれるようになってたもの」

 ロベルトと美樹が言った。『混沌のホーリーナイト』の世界に転移したなら、向こうで成し遂げなければならないことも探る必要がある。改めて、随分と大変な運命に巻き込まれてしまったと、俺は痛感した。


 昼には、翔とメアリーが診療所から帰ってきた。二人とも検査結果に問題は無かったらしい。


 夕方になると、バーベキューの準備を始めた。食材や鉄板を用意するが、生徒の多くが魔法で炎を扱えるので、着火するのは簡単だった。太陽が一日の終わりを示すような夕日に変わる頃、バーベキューは開始された。


 調理に回る者と食べる者が分かれてしまうのは、この世界も同じのようだった。俺はだいぶ慣れたこの世界の食材を調理しつつ、料理を持っていけなどと口実を作ってロベルトを色んな人と絡ませた。ロベルトは満遍なく仲良くしており、相変わらずの朴念仁っぷりを発揮していて本音が掴めない。そろそろ誰かと出来ろよ!


 ふと違う場所に目を向けると、美樹と翔が二人で座って何やら話しているのが見えた。相変わらず仲が宜しいことで……。


「そういえば……」

 俺は呟きながら思考する。アマンダやメアリーが俺に、美樹に対して素直になれと言っていたのを思い出した。かといって、略奪愛を是としているわけでもないようだった。一体、どういうことなのだろう……。



    ◇◇(視点変更)



 美樹は翔とベンチに座っていた。翔の様子が少しおかしい事に気づいていて、美樹から誘ったのだ。


「で、どうしたの?」

「何でもない。グリザリーとの一件がちょっと響いてるだけだよ……」


 グリザリーに呪術で操られた翔がメアリーに暴力を振るってしまったことは美樹も聞いている。翔のことだ、気にしているのだろう。全部吐き出させた方が良いと美樹は思った。


「まあ、言葉に出してみなよ、スッキリするかもしれないからさ。私の前で取り繕う必要は無いよ」

「はぁ……。とはいえ言い辛い……」

「見苦しい感情をさらけ出しても、私は全然大丈夫だぞ。ちゃんと聞く。これまでもそうだったじゃない」

「うむむ……」

 翔は観念したのか、少しずつ話し始めた。


「ボディブローを入れちまったのも心苦しいんだけど、その後、ベアハッグをさせられてなぁ……」

「あー……」

 翔の格闘技好きにも付き合ってきたから、その技名が示す事も美樹には理解できた。


「酷い目に遭わせたことを最も恥じるべきなんだ。でも、それ以上に、あの時のメアリーの感触が残っていて、頭から離れてくれない……」

「うんうん。それで?」

 そのまま翔は正直に汚い感情を吐き出した。


 上体と両腕越しに感じてしまったメアリーの華奢な体格と存在感のある胸。眼前でメアリーが息切れした時に何度も浴びてしまった彼女の吐息。メアリーの悲鳴が振動となって彼女の身体から直接翔の胸部に伝わってきた時の感覚。冷や汗でぐしょ濡れになった身体に触れていたことも、呪術を破るためとはいえ噛み付かれたことも、何を思い出しても劣情に繋がってしまう、と。


「ふむ。翔、よく、ちゃんと吐き出した」

「言わせんなよ、こんなこと……」

「頭の中で抱え込むよりは楽になるでしょ? 私は誰にも言わないしね」

「まあ、確かにそうかもな……」

「そして、そうだなぁ。つまり、翔は、メアリーのことが。そういうことよね?」

 美樹のその言葉に、翔はしばし沈黙した。その後、言葉を続けた。


「ハッキリ言ってくれるなぁ。そう、なのかも……。ひっでぇ始まりだけどさ……」

「気持ちには正直で良いと思う」

「けど、俺はメアリーを傷つけちまったわけで」

「それはグリザリーのせいでしょ」

「……」

 とはいえ、翔がそんな簡単に割り切れる訳ではないと、美樹も思っている。きっとそれはメアリーもだろう。操られていたとはいえ、酷い目に遭わされたのは事実なのだから。しかし、美樹は、せっかく翔が抱いた気持ちを無駄にしてほしくなかった。美樹は、翔を良い男だと心の底から思っているのだから。


「メアリーのとこ、行ってきなよ」

「ハードル高いことを言うなぁ……」

「何なら、私もついてってあげる。ほらほら!」

 美樹は翔の手を引っ張って立たせる。翔は抵抗しない。本心ではメアリーの所に行きたがっているのだろうと、美樹は思った。


 何人かで話しているメアリーを、美樹は呼んだ。


「メアリー、ちょっといい?」

「え?」

 メアリーは美樹と翔の方に歩いてきた。筋力強化なしでも翔とメアリーには体格差があって、そのままだとメアリーの恐怖を呼び起こしてしまうかもしれないと考え、翔は段差のあるところに立たせている。小さく見えるようにするために。


「メアリー、改めてすまなかった」

「いや、本当に気にしないでください! どう考えてもカケルさんのせいじゃないです! むしろ、助けてくれてありがとうございました」

「助けてくれたのはあんたの方だよ、メアリー! 下手したら俺は人殺しになっていたかもしれないんだから」

「ふふっ、なら、お互いに助け合ったって事ですね」

「ははっ、まあ、そういうことかもな!」

 メアリーとちゃんと会話できていることが嬉しいのか、翔は自然と笑顔になった。


(大丈夫そうね……!)

 美樹はそう思い、翔の肩に手を当ててその場を去った。


 翔に春が訪れそうな事に若干の寂しさと羨ましさを感じつつ、美樹は何か食べようと思い、歩き始めた。しかし、すぐに呼び止められることになった。


「美樹ちゃん……」

「ん、山和やまとくん?」

 山和は何やら複雑な表情をしていた。

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