22 魔力無しの抵抗

 青く光る縄に引っ張られ、かけるが飛ばされた先は洞窟だった。一緒に縄で拘束されたメアリーもいる。


「痛てて、どうなってやがる!」

「カケルさん、大丈夫ですか?」

 身体を起こせない程の拘束ではなく、翔とメアリーは身体を起こして座った。


「呪術を使う何者かに捕まってしまったようです」

「呪術?」

「魔法の一部だよ。但し、闇の呪いを専門に扱うものだがね」

「「!?」」

 翔とメアリーはその声が聞こえてきた方を見た。


 夏だというのに、暑苦しい法衣を来た白髪の男が立っていた。


「てめえ、もしかして、グリザリーか?」

 翔が言った。山和やまと美樹みきが話していたゲームの内容を聞いているから、翔も当然その名前を知っている。


「ほう、ワシのことを知っているのか? そうか、そういえば、あのエリザベートとかいう女がワシを嗅ぎ回っておったな」

「やっぱそうなのか。俺を狙うなんて、どういう理由だ!?」

「なに、貴様は魔力無しのようだったのでな。そんな人間に出会ったことが無かったから、呪術を試してみたかったまでよ。本当はもう一人の小娘も一緒に捕らえたかったのだが、邪魔をしてくれたな」

 グリザリーがメアリーを見る。


「こんなことをして! 立派な誘拐ですよ!」

「ワシは指名手配されている犯罪者じゃぞ? 今更、誘拐の一つや二つ、取るに足らぬわ」

「だったら、ここであなたを拘束します!」

 メアリーは何らかの魔法を放ち、自分を拘束している光の縄を吹き飛ばした。


「ち、流石は魔法学校の生徒というところか。だが、一人でワシを倒せるなどと、よもや思ってはおるまいな!」

 グリザリーの手から怪しげな青い光が放たれる。メアリーは手にまとった魔力でそれを打ち払ったり、避けたりして凌いだ。


 メアリーは少しずつグリザリーとの距離を詰める。異能研究グループのメアリーの学年での最強はシャネットだが、メアリーも十分じゅうぶんな実力者だった。


 グリザリーの攻撃を打ち払い、間合いに入ったメアリーが手を前に構える。


「かかったな、小娘!」

 そう言うと、グリザリーは左手をメアリーの立っている辺りの地面に向けた。地面から緑色の光が湧き上がる。しかし、メアリーはそれも読んでいたようで、あっさりと横にかわし、グリザリーを魔法で攻撃した。


「ぐあっ!」

 魔法が顔に直撃したグリザリーは、顔を抑えてよろめく。追撃しようとしたメアリーだったが、グリザリーの身体から赤い光が放たれ、危険を感じて距離を取った。


「小娘ぇ……、貴様、このワシの顔に傷を……。絶対に許さんぞッ!!」

 グリザリーは癇癪かんしゃくを起こしたように地団駄を踏んだ。


「スキだらけよ!」

 メアリーが手を前に構え、魔法を撃とうとした。しかし、魔法が放たれることはなかった。


「な……、これは!?」

「先ほどワシの呪いを浴びただろう? 貴様の身体はしばらく魔法を撃てんよ!」

「そ、そんなことが……!?」

「呪術の勉強が足りなかったな、小娘!」

 グリザリーが右手をかざすと、翔は自分の身体に異変を感じた。


「うっ! な、何だこりゃ!?」

「カ、カケルさん……!?」

「はっはっは、流石は魔力無し、呪術で操るのは簡単じゃな!」

「あ、操るだと!?」

 翔の身体が、翔の意志と関係なく動き始める。どうやらグリザリーに操られているようだ。


「鍛え抜かれた肉体を持つ小僧と、魔法を使えない小娘。さあ、勝つのはどちらかな?」

 翔の身体がメアリーに向かってパンチを繰り出し始める。


「クソが! メアリー、これは俺の意志じゃない!」

「わ、分かってます!」

 メアリーは翔から距離を取り、攻撃を躱す。


 グリザリーのパンチの打たせ方は素人だと翔は思った。しかし、それでも翔とメアリーの体格差を考えれば、当たったら大ダメージになってしまう。


「おいメアリー! ここは逃げてくれ!」

「いやいや、そうはいかんよ!」

 グリザリーからもメアリーに魔法攻撃が放たれた。


「あっ!?」

 足元に被弾したメアリーが声を上げ、体勢を崩す。そこに、操られた翔のパンチが放たれ、メアリーの腹部にヒットしてしまった。


「がはっ……!?」

「メ、メアリー!?」

 メアリーは腹を抑えてうずくまる。


「くっくっく、こんなものでは済まさんぞ小娘。さて、どうしてやろうか……!」

 グリザリーが怒りに任せて叫ぶ。


「そうだ、こういうのはどうだ?」

 グリザリーが翔に手をかざすと、翔の身体に異変が起きた。


「な、何だこれは……!?」

「筋肉強化じゃよ」

 グリザリーの言う通り、翔の全身の筋肉がみるみる発達していく。元々ゴツかったその体躯が、人間離れして巨大化する。


「小僧は本当に呪術がよく効くのぉ。元々が筋肉質なこともあるのだろうが、ここまでパワーアップした者は初めてじゃ。では……」

 グリザリーに操られるまま、翔はメアリーのシャツの胸ぐらを掴み、身体を持ち上げ、そして両腕を巻き込む形で上体を抱きかかえた。


「う……く……」

 メアリーがうめき声を上げる。


 グリザリーが右手をかざすと、翔の両腕は渾身の力でメアリーの身体を締め上げた。


「あっ!? ぁぁあああああああ!!」

「こ、この野郎、やめろ!!」


 呪術で筋肉が異常に盛り上がった両腕がとんでもない力を発揮しているのが翔にも分かる。ひと一人押しつぶせてしまいそうだった。メアリーは苦しみから逃れようと、翔の腕の中で必死にもがいた。


「おっと、いかんいかん。人間はすぐ気絶するからな」

「がぁああ……あ…………、!? はぁっ!! はぁっ!!」

 締め上げが弱められ、メアリーは必死に呼吸をした。


「むごたらしく痛めつけてやるぞ」

「ぁ……があああ……ああ……!!」

 再び締め上げられ、メアリーは悲鳴を上げた。脚をバタつかせ、腕の力で翔の両腕の締め上げを押し返そうとしているが、無駄な努力だった。


「ぐぅ……うう……ううう……!!」

 メアリーは歯を食いしばってその拷問に耐えようとする。翔は目を動かす自由も与えられず、眼前で繰り広げられる様から目を背けることができなかった。


「そらそら、この小僧はまだまだ力を出せるようじゃぞ?」

「ぎゃ……あ……あ……ああああ……!!」

 さらに締め上げが強められ、メアリーはのけ反りながら絶叫する。


「良いぞ! 無様だな、小娘!」

 グリザリーは楽しそうな顔で、締め上げを緩めさせた。


「はぁっ!! はぁっ!! もう……やめ……て………………ぁがあああ!!」

 メアリーが口にした弱音にグリザリーは気を良くしたのか、笑いながら再び翔に力を込めさせる。


「おい! もういいだろ、やめてやれ!!」

「何を言うか、まだまだこれからじゃ!」


 メアリーは徐々に抵抗する力を失い、グッタリと痙攣しながら悲鳴を上げるだけになる。苦しみのせいか目からは涙が溢れ、口からは涎が垂れている。あられもない姿だ。


 翔も何とかしようとしたが、力で自分の身体の自由を奪い返すことはできなかった。魔力が無ければ呪術に対抗できないのは事実なのだ。それでも、翔は打開策を必死に考えた。


「くっくっく、そろそろ骨の一本や二本、へし折れるまで締め上げてみるかの」

「ぁ、あぅぅ…………。カケ……ルさん……何とか……して……よぉ……」

 弱々しく懇願するだけになってしまったメアリーの様子を見て、翔の中で何かが切れた。多少の冷静を取り戻し、状況を整理する。翔に事態の打開はできないのだ。だから、翔はメアリーに言葉をかけた。


「メアリー! あんたが呪術を破ってくれ! 俺にはどうすることもできない!」

 そう、この場でグリザリーの呪術を破れるのはメアリーだけなのだ。だから、翔はメアリーを鼓舞した。


「はっはっは、無駄じゃよ無駄! 先ほども言ったであろう! この小娘の身体から魔法を発することはできんのだよ!」

「ぅあああ……ああ!!」

 再び締め上げが強まり、メアリーが悲鳴を上げる。


「メアリー、頼む! 整理するぞ! 奴の呪術であんたの身体から魔法は撃てない! それでも、できることはあるはずだ!」

「っ……!!」

 メアリーは何かに思い至ったのか、目を見開き、必死に体勢を変えて翔の胸部に噛み付いた。


「むぅぅぅうううう!!」

 メアリーの口元が発光した。何か魔法を放つことができたようだ。


 翔は自分の身体が自由になったことを感じ、すぐにメアリーの身体を解放した。メアリーはそのまま地面に仰向けに倒れ、痙攣しながら咳き込み、息切れをしている。


「なるほど、小僧の体内で直接魔法使用か。それなら確かに魔法を使えたかもしれぬな」

「おい、てめえ!」

 翔は強化された筋肉のまま、グリザリーに突進した。


「脳筋じゃのぉ、小僧。強化ができるなら弱体もできると考えぬのか?」

 グリザリーの呪術で、今度は筋肉が急速に縮むのが翔にも感じられた。


 しかし、翔もここで引くことなどできず、突進を止めない。


「くくく、小僧、貴様も痛ぶってほしいか?」

 筋肉が弱体化した翔を肉弾戦で潰そうと、グリザリーが構える。しかし、翔から言わせればそれは愚かな考えだった。翔は、部活とは別に出入りしているジムで格闘家から技を教わったりもしているのだから。


 グリザリーの繰り出すパンチには目もくれず、翔はグリザリーの脚にめがけてタックルをかけ、転倒させる。たちまち、マウントポジションを取り、パウンドを落とした。


 弱体化したはずの相手に突然押し倒され、上からパンチを落とされたグリザリーは、たまらず目を閉じた。そのタイミングを見逃さず、翔は体勢を変えてグリザリーのバックを取り、首に腕をかける。翔がスリーパーホールドで頸動脈を締めると、グリザリーは悲鳴一つ発する暇もなく、あっという間に失神した。筋力ではなく、翔の技が勝負を決めることになった。


 グリザリーの意識が飛んだ証拠とばかりに、翔の筋肉が通常状態に戻る。呪術を使う指名手配犯との戦いは呆気なく決着した。


「ド素人がっ!!」

 翔は吐き捨て、メアリーの元に向かった。


「メアリー……」

「っぅぅううううぅぅ……」

 メアリーは泣いていた。締め上げられた苦痛もあるだろうが、あんなやられ方、屈辱だったのだろうと翔は思った。


「メアリー、助けてくれてありがとう。奴が目を覚ますと厄介だ、逃げるぞ」

「……はい」

 翔はメアリーをおぶると、駆け足でその場を離れた。

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