21 指名手配犯の暗躍

 クラーケンを倒した日の夜にも催し物が用意されていた。怪我人が出たら中止する予定だったが、幸いそうならなかったので、決行することになった。俺たち日本人組の提案で、所謂肝試しだ。説明した時から皆ノリノリだった。海や森を通るルートをペアが移動し、脅かす組が待機するという形だ。


 スタート地点に移動すると、アマンダを含む脅かす組は楽しそうに散っていった。どうやって脅かすかは企画組も関わっておらず、各自の自由だ。一体、何を仕掛けてくるのやら……。


 なお、エリザベートは引率の教師と一緒に拠点待機することになった。学生だけでくじ引きをしてペアを作る。


 勿論、そのくじには細工がしてある。目論見通り、ロベルトはベラとペアになった。ちなみに、美樹みきかけるとだった。おい、細工してあんだろ、そのくじ!


「ヤマトさん、宜しくお願いしますね」

「ああ、宜しく」

 メアリーに挨拶される。ここには何の細工も働いておらず、たまたま俺のペアはメアリーになった。


 何の因果か、出発する順番は美樹と翔のペアの次になってしまった。二人が手を繋いで出発するのを見送るハメになる。


「あの二人、仲良いですよね」

「ああ、全く。はぁ……」

 メアリーの言葉に同意した後、俺は小声でため息をついた。


「じゃあ、私たちも行きましょう」

「ああ」

 俺とメアリーは歩き始めた。当然、手を繋ぐようなことはしない。しかし、他のペアではどさくさに紛れてそうする者も多いんじゃないかと思う。こんなイベントなのだから。


 俺はちらりとメアリーを見た。メアリーもかなり可愛いのだ。脅かし組に驚かされて抱きつかれでもしたら意識が吹っ飛んでしまいそうな気はする。


 そもそも、昨日の水着姿の時点で美少女っぷりは十分じゅうぶんに見せつけられていた。ヒロインたちというチート級がいるから埋もれがちだが、メアリー狙いの男子生徒も多いのではないか。


 とはいえ、俺の目は前のペアに行きがちだ。見えなくなるぐらい先に行かせるのも手なのだが、どうも、そうすることができなかった。


「気になるんですか、ミキさんのこと?」

「メアリーまでそれを言うか……。俺、そんなに分かりやすい?」

「まあ、私でも気づく程度には……」

 俺がチラチラと前のペアに目線を向けているのに気づかれてしまったらしい。女性陣はいちいち勘が鋭くて困る。


「はぁ……。それを認めてしまうと辛いだけなんだけどね……。隣のあいつがいる限り」

 俺はそう言いながら翔を指さした。


「あー、やっぱりカケルさんのプレッシャーを超えるのって大変なものですか?」

「えっ?」

 俺はメアリーのその言い方が気になった。そういえばアマンダもだ。二人とも何か略奪愛を是としていないか?


「なぁ、聞きたいんだけど、この世界では略奪愛ってありなの?」

「えっ!? いやいや、勿論無しですよ!」

「あ、そう……。え、でも、なら何で?」

「え……?」

 何か俺とメアリーの会話が噛み合っていない。俺が何か思い違いをしているのか?


 その時、メアリーが俺の肩に手をかけ、座るように促した。


「メアリー、どうしたんだ?」

「しっ!」

 メアリーは辺りをキョロキョロと見回している。右手に魔力を込めているようで、何かを調べているようだ。


「ちょっと、マズいです。何らかの呪術を感じます」

「えっ!?」

 ということは、クラーケンとの戦いで出て来なかった呪術師グリザリーがここにいるって事か!? それはマズい! ゲーム通りだったらロベルトとベラのペアが狙われるはずだ! 現れなかっただけで警戒を解くべきではなかったか!


「これ、狙われてるのは私たち……? いや、違う……。あっ、ミキさんとカケルさん!?」

 メアリーはそう言うと、前のペアに向けて走り始めた。


「お、おい、メアリー!」

 俺は思わず叫んだ。気づいた様子の美樹と翔がこちらを振り向く。メアリーが美樹を突き飛ばすと、森の影から青く光る縄が飛んできて、メアリーと翔を拘束してしまった。そして、その縄に引っ張られるように二人の身体が飛んでいってしまう。


「メアリー、翔!!」

 俺は叫んで追いかけたが、とても人の足で追跡できる速度ではなかった。二人はあっという間に見えなくなってしまった。


「ど、どうなってるの!?」

「ま、マズいぞ美樹ちゃん! 例の呪術師が今頃出て来たんだ!」

「そんな!?」

「皆を集めよう!」


 俺は美樹と共に教師とエリザベートがいる場所まで走って戻った。二人はすぐに合図を空に打ち上げた。生徒たちへの戻れという合図だ。


「ちぃっ、やはりまだこの近辺にいたのか、指名手配犯の呪術師……。私が追っている相手だ、私が追跡しましょう」

 エリザベートは杖を取り出し、走り出そうとした。


「わ、私たちも行きます!」

「ええ、翔を放っておけない!」

「いや、君たちは待っていてくれ。魔力が無いというなら、奴は君たちにとって相性の悪い相手だ」

「え、それは一体……?」

「呪術に対抗するのもまた魔力で行うのですよ。それがないと、一方的にやられてしまう」

 教師が補足した。


 それはつまり、翔もまた危機に晒されているということだ。そして、一緒に攫われたメアリーも、一人で状況に対処するのには限界があるだろう。


 確か、ゲームでは呪術師グリザリーはロベルトの異能に興味を持ったのではなかったか。しかし、よく考えると、一気にプレイしたゲームだけあって記憶が曖昧だ。もしかしたら、ロベルトの魔力無しの方に興味を持った、だったかもしれない。だとしたら、俺たち日本勢もターゲットになるには十分じゅうぶんだ。


 戻ってきた生徒たちもチームを組んで探索に出てくれた。アマンダやロベルトは、俺と美樹を落ち着かせてくれる。


 しかし、俺は考え違いで招いた事態を悔やむばかりだった。

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