20 依頼の魔物

 海水浴では、色々と催し物を計画していた。俺にとってはロベルトを焚き付ける目的もあったが、他の生徒たちも10代中盤の持て余すエネルギーを発散しようとしていた。


 俺たち日本勢からの提案でビーチフラッグスをやってみたり、この世界のスポーツをやってみたり、盛況な時間となった。アマンダとロベルトが、俺を美樹みきと同じチームにしようと画策するのが透けて見えたので、こちらもロベルトとベラを巻き込んでやった。


「え、他人の魔力を増幅する異能? へぇ、変わった能力持ちなのね、ロベルト」

「まあ、その代わりに魔力無しだけどね」

 ベラとロベルトは他愛もない会話をしている。相性が悪いわけではないだろう。しかし、ロベルトはいつもの朴念仁づらをしている。


 アマンダ、シャネット、ベラと来て、また躊躇するのかこのギャルゲー主人公は……。一体、誰ならお前のお眼鏡に叶うというのだ!


 俺が座りながらそんなことを考えていると、隣に美樹が座ってきた。


山和やまとくん、顔から力を抜いたら?」

「え?」

「ロベルトの気持ちは私たちにはコントロールできないんだから、気を使い過ぎてもしんどいだけだよ」

「ありがと。けど、やっぱり不安は抜けない」

「まあ、気持ちは分かる。私も、カレンやレスリー様、メルビンがどうなってるのか不安だし……」

「あー、そうだよな。そっちも何とかしないといけないんだよな……」


 乙女ゲーム『混沌のホーリーナイト』の世界から転移してきて数日が経っている。あっちの世界はどうなっているのだろうか。メルビンは無事に騎士団に入ったのだろうか。


「ま、だから楽しめる時は楽しんじゃって良いんじゃない?」

 美樹はそう言うと海の方に向かい、かけると一緒に水遊びを始めた。


 俺がしばらくその光景を見つめていると、別の人が俺の前に立った。


「随分と若い子たちが沢山いると思ったら魔法学校の在校生か。修学旅行か何かかね?」

 俺が顔を上げて声の主を見ると、そこには一人の女性が立っていた。


 紫がかった髪にグラマラスな水着姿。アマンダ、シャネット、ベラに続いて、超絶美人のお姉さんの登場だ。その人は第四ヒロイン、エリザベートだった。まさか俺に真っ先に話しかけてくるとは。


「いえ、実地研修という名の魔物退治ですよ。クラーケンが出没するとかで」

「ほう、クラーケンね……」

 俺とエリザベートが話していると、そこにロベルト、アマンダ、ベラがやって来た。


「ヤマト、知り合い?」

「いや、今会ったばっかの人」

「はじめまして、私はエリザベート。これでも魔法学校の卒業生だよ」

「えっ! ということは、先輩!?」

 その情報が出ると、他の生徒たちもぞろぞろとエリザベートの元にやってきた。エリザベートはそんな風に交流するつもりは無かったようだが、生徒たちは興味津々だった。


 そのまま催し物のスポーツイベントやらを一緒にやる流れになる。俺としては良い流れだ。この人もまた、ロベルトと共に大いなる闇を倒し得るヒロイン候補なのだから。


「役者は揃った。後はロベルト次第か……」

 俺はそう呟き、生徒たちの輪の中に入っていった。美樹の言う通り、楽しめる時は楽しもうと思ったのだ。異世界で異世界の友人たちと一緒に遊ぶ経験など、普通、得られないものなのだから。



 散々遊んだ後、宿への帰路についた。エリザベートも一緒だった。


「エリザベート先輩は何でこの村に?」

「私も仕事だよ。今日、私が遊び呆けていたことは内緒で頼む」

「ああ、なるほど、分かりました!」

 アマンダとエリザベートが話していた。


 エリザベートの目的は知っている。指名手配犯の呪術師を追ってきたのだ。この村のクラーケン騒ぎにもその呪術師が関わっている。明日戦う事になるクラーケンは、呪いの力でパワーアップしているだろう。


 ゲームでも主人公ロベルトが行動を間違えればゲームオーバーとなる危険な戦いだ。下手を打つわけにはいかない。


 宿での夕飯では、さすがにベラは看板娘に戻り、せっせと料理を運んだりしていた。もうすっかり仲良くなったので、俺たちも気軽に話しかけた。


 俺は、何とかしてベラとエリザベートをロベルトと同じテーブルに誘導した。アマンダもそこは同意してくれた。全てはロベルト次第だが、せめてこの二人のどちらかとくれると、俺の肩の荷が下りる。


 しかし、四人のヒロイン以外だったとしても、もうそれは仕方ないと思う。アマンダや美樹とも合意している。その時は、ロベルトが選んだ相手を訓練するなりで魔力を底上げしなければならない。



    ◇



 翌日。

 生徒たちは魔法学校の制服姿で移動した。岩場に到着し、辺りの様子を探る。そこは間違いなく、ゲームでクラーケンと戦う事になる場所だった。


「さて、おびき寄せるぞ」

 教師が言い、何やら魔導具を準備する。何人かの生徒がそれをサポートしようとした。


 一方、ついて来てくれたベラが怪訝な表情で海を眺めている。


「ベラ、どうしたんだ?」

「んー、海の様子がちょっと……。生き物が、不自然にいない……?」

 ロベルトが尋ね、ベラが答えた。ベラはしゃがみ込み、身体を乗り出しながら海を観察した。


「皆さん、気をつけて! 狙われてるわ!!」

 ベラが叫んだ。


 生徒たちがそれに反応した直後、海から巨大な触手が数本飛び出してきた。クラーケンの物のようだった。ターゲットにされた生徒たちは間一髪でそれを避ける。


 そして、海からクラーケンの巨体が姿を現した。目が赤く光っている。


「な、何だこのクラーケン!」

「呪力を帯びているわ!」

 アマンダの後輩のマックスとメアリーが叫んだ。


 それこそ、呪術師の呪いで強化された証だった。クラーケンはなおも海の中から触手を振り回し、攻撃してくる。捕まって海中に引きずり込まれたら、いっかんの終わりだ。生徒たちは触手をかわし、魔法で反撃した。


 俺と美樹と翔に出来ることはほぼ無く、少し離れた位置から戦況を見守っていた。俺は念のためにショットガンを構えているが、俺の技量であの触手に当てるのは無理だし、ゴム弾が有効かは疑問だった。


「アマンダ先輩、シャネット! 私たちが引き付けますわ! 準備を!」

 リオノーラが叫んだ。その声に答えるように、アマンダとシャネットがロベルトの元に走る。


 ロベルトは両手を差し出し、アマンダとシャネットがそれを取った。二人に対する同時魔力増幅。ここ最近、訓練で実現させた新たな手法だった。


 増幅時間短縮の訓練もしているが、依然、溜め時間は必要なので、その時間を残りの者で稼ぐ。


 生徒たちのチームプレーは効果を発揮していたが、メアリーがバランスを崩してしまった。クラーケンはその様子を見逃さなかったようで、触手をメアリーに伸ばした。


「や、やばっ!?」」

 メアリーが思わず叫んだ。しかし、その触手は別方向から魔法を当てられ、攻撃を引っ込める。


「油断するな、後輩」

「え、エリザベート先輩!?」

 いつの間にかメアリーの隣に立っていたエリザベートが、魔法でメアリーの窮地を救ったのだ。


「どうしてここに!?」

「あの呪力のを探るのが私の仕事だったのだよ。まさかクラーケンを強化していたとはね」

 エリザベートはそのまま杖を構え、魔法でクラーケンを攻撃する。他の生徒たちもそれに続いた。


「よし、行くよ! 皆、気をつけて!!」

 アマンダの声が響き、アマンダから特大の火炎魔法が飛び出し、クラーケンを襲う。クラーケンは叫びながら海中に逃げようとしたが、生徒たちの捕縛魔法に捕まり、動けなくなった。


「続いて行きます!」

 今度はシャネットの声が響いた。シャネットから強烈な風魔法が飛び出し、クラーケンを攻撃した。全生命力を削り取られたクラーケンは爆散して闇の瘴気へと変わった。


「や、やった……」

「勝ったーー!!」

「お疲れーー!!」

 生徒たちから歓声が上がった。力を出し切った様子のアマンダとシャネットは座り込み、ロベルトが二人を労っている。


「わぁ……、流石だね、皆さん! 本当にありがとう!」

 ベラはそう言いながら、ロベルトたちの元へ向かう。


 一方、俺と美樹と翔は警戒心を解かずにいた。


「ゲームだと、イベントは終わらないのよね?」

「ああ、そうなんだ。ここは、どうすべきか……。」

 美樹の言葉に俺が答える。


 ゲームでは、クラーケン強化の首謀者である呪術師グリザリーが、ロベルトとベラを拉致してしまう。その辺りの展開を全部覚えているわけではないが、確か、魔力増幅に興味を持つのだ。その後、エリザベートの探知でグリザリーのアジトを突き止めることになる。


 攫われた先でロベルトとベラが接近するイベントだから重要だが、現実はゲーム通りに進むわけではない。二人に命に関わる事態があってはならないのだ。俺たちは、阻止すべきではないかと考えていた。


 しかし、呪術師グリザリーはいつまで経ってもロベルトやベラを襲う様子が無かった。俺は美樹と顔を見合わせ、翔と共にエリザベートのところへ向かった。


「おお、異世界の少年少女か」

「あの、これで終わったのでしょうか?」

「恐らくはな。あのクラーケンは私が追っていた指名手配犯の呪術師に強化されていたようだが、奴の気配は周囲には感じられない。無駄骨だったやもしれんな」

「そ、そうですか……」


 呪術師グリザリーがいない? それは、ゲームと違う。しかし、登場人物の行動がゲームと違うのは散々見てきた。これも同じということだろうか。


 元々阻止しようとしていた事態だ。いないというのなら好都合かもしれない。俺は美樹と翔とその件を確認し合った。そして、俺たちは拠点の宿への帰路についた。

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