11 転移してきたのは

 異世界からの二度目の帰還。


 帰ってきた場所は、自宅の庭だった。帰還場所は固定ではないようだが、何となく俺の生活圏内な感じはする。


 両親は既に寝ているようで、俺は静かに自室に戻って床についた。異世界で夕食を取っていたということは、この世界ではもう夜もだいぶ深いということなのだから。


 翌日。

 どうも異世界で過ごしてきただけに、現実世界にいると調子が狂う。しかし、今日は一学期の終業式だから登校した方がいいと思い、俺は制服を着て家を出た。


 俺は特別実習の続きをこなしていた事になっていたようで、クラスメイトや教師からはその感想を聞かれることになった。放課後になると遊びにも誘われたが、俺は断ってラザード精神クリニックに向かった。



    ◇



 最寄り駅からラザード精神クリニックに歩いていると、以前と同じ状況に陥った。


「あ、山和やまとくん」

美樹みきちゃんとかける?」

 また会った。


「山和くん、前もいたよね? こんなところに何の用なの?」

「それは美樹ちゃんたちもだろ。ここ、高校生の娯楽になるようなもの、無いよね?」

「山和くんに言ってもきっと何にもならないから言わない」

「そう? じゃ、俺も言わない」

 美樹に突っぱねられ、俺は意地になって返答した。だが、美樹が疲弊からそういうことを言ってしまっているようにも見えた。


「美樹ちゃん、疲れてるでしょ?」

「……うん。もう、疲れた」

「翔もか?」

「ああ。もう疲労困憊だよ」

 見ると、美樹と翔はあまりイチャイチャしていない。疲弊しているなら、むしろ求めてしまうような気もするが、それは俺の思い違いなのだろうか。


「ま、いいや。山和くんも疲れた顔してるし、気をつけてね……」

「え……? あ、うん、ありがとう」

 俺がそう言うと、二人は歩き去った。


 俺はそのままラザードに会いに行き、諸々の事情を報告した。


「ふむ、そうか。ゲーム通りに行きそうもないから、別の方法で事件解決を図る、とな」

「方向性、合ってると思いますか?」

「分からぬ。そもそも、未来の可能性の物語への転移というのは、組織が管理する上では初の事例なのだ。だが、そのゲームの主人公の心が重要だというのなら、君の方向性は間違っていないと思うぞ」

「そうですか……」

「そのゲーム、『時空の果てに響く旋律』のスタッフを調査している。何か分かったら君にも伝えよう」

「ありがとうございます」


 俺は疲弊したままだったが、そのままケビンの銃火器訓練を受けた。随分と空いてしまったので、ほとんどスキルが元に戻ってしまっている。訓練で痛めつけた身体を引きずりながら、俺はクリニックを後にした。そして、電車で自宅の最寄り駅にまで移動する。


 あとやる事は……。そうだ、ショットガン以外にも、充電器を持ち込むんだったな。帰りに買っていかないと……。


 そんなことを考えながらフラフラと歩く。疲れていたためか、俺はに全く気が付かなかった。道を歩いていると、いきなり口を塞がれ、路地裏に引っ張り込まれてしまった。


「むぐぐ……」

 いきなりの出来事に恐怖しつつ、俺は口を塞いできた手を掴み、引き剥がそうとする。


「しーっ! 静かに! 落ち着いて、私よ!」

 耳元で聞こえたその声に、俺は驚愕する。抵抗をやめ、事態を理解したことをアピールすると、その人物は俺を自由にした。ゆっくりと振り向くとそこには見知った顔がいた。


「ア、アマンダ……!? あれ、ロベルトも……!? どどど、どうしてこの世界に!」

「分からない。ヤマトが消えた後、俺とアマンダにも転移が起こってさ」

「ビックリしたわよ! いきなり変な世界に飛ばされて! でも良かった、ヤマトの世界で……」

「ちょちょちょ、ちょっとマズい! 急いで俺の家に……。あ、いや、ちょっと待って!」


 俺はすぐにラザードに連絡をいれた。転移者が戻ってくるのならまだしも、異世界人が転移してくるというのは全く初のケースらしく、ラザードも頭を抱えているようだった。しかし、工作はしてくれることになり、ひとまずロベルトとアマンダは俺の家に連れて帰ることになった。


 一つマズいのは、俺のことを知っている向こうの世界の人間はいなかったが、ロベルトとアマンダのことを知っている人間はこっちの世界にはいる、ということだ。『時空の果てに響く旋律』を知っている者に会ってしまうと厄介なことになる。なるべくは人に見られたくない。


「ロベルト、アマンダ! この世界では、君たちの姿をあんまり見られるわけにはいかない。こっそり移動するよ」

「ええ」

「分かった」

 アマンダとロベルトがそう答え、俺たちは自宅に向かった。


 無事に自宅に辿り着くと両親がいた。しかし、既にラザードが手を回してくれたらしく、急遽のホームステイということになっていた。


「あら、海外の人なのかしら……? お嬢さん、綺麗ねぇ……! 夕飯、たくさん用意したから、食べて食べて!」

 母のその言葉に、ロベルトとアマンダの腹の虫が鳴った。聞けば、転移してきてから何も食べていないらしい。


「詳しい話は後にして、二人とも食べてくれ」

「あ、ありがとう」

「頂くよ……」


 ロベルトもアマンダも本当に空腹だったらしく、よく食べた。しかし、俺も訓練でしごかれた後だったので、かなりの量を食べることになった。母も帰宅した父も面食らっていた。


 食後、風呂にも入りたいという要望だったので、まずアマンダに入ってもらった。その間、俺はロベルトと自室で話をした。


「俺とアマンダとシャネットで寮に戻ってさ。シャネットは帰っていって、俺は少しアマンダと雑談してたんだよ。ヤマトが急遽元の世界に戻っちゃったのもあったし。その時に……」

「あの青い稲妻が発生したのか」

「ああ、そうだ」


 二人は、この世界の常識が分からないから、随分と苦労したらしい。異世界人が受け入れられるのか分からないから、身を隠して様子を探っていた時に俺を発見したとのことだ。


 状況確認の話をしているとドアがノックされた。相手はアマンダだった。


「ふー、さっぱりした! ありがとうね、ヤマト」

 アマンダは母から借りたのか寝巻き姿で、石鹸の香りが漂う。誰もが振り返るであろう絶世の美女のその姿に俺はフリーズしてしまった。いや、俺だけではあるまい。これで心乱されない男などいないだろう。


 次にアマンダと入れ替わりにロベルトが風呂に行った。良いチャンスだと思い、俺はアマンダにロベルトの話をすることにした。


「アマンダ、向こうにいた時の話の続きをしてもいいか?」

 俺の言葉にアマンダの表情が引き締まる。重要な話だと理解してくれたのだろう。頭の良い彼女のことだ。ロベルトがいないうちに話したいという俺の思いも分かっているはずだ。


「アマンダたちの世界で起こる未来の出来事を描いた物語があるんだ」

「え……」

「大いなる闇。あれは近いうちに復活する」

「……やっぱりそういうことだったのね」

「ああ。そしてロベルトの異能が世界を救う鍵なんだよ。あの異能が最も力を発揮するのは……」

「そっか、愛し合っている相手となら、ってことね」

「そういうこと」

 さすがアマンダ。俺の言葉を途中まで聞いただけで事情を察したらしい。


「もう分かると思うけど、アマンダとシャネットは、物語が示した、大いなる闇打倒の可能性なんだよ」

「あくまで可能性、でしょ? 残念だけど、例えば私とロベルトが自分たちの気持ちに反して交際したって、きっとその力は発揮できない」

「そうなんだ。今回、君に言われて俺もそれに思い至った。だから、普通に過ごすのが良いと思うんだ。ロベルトが自由に生きて、あいつが自分で相手を見つけられるように」

「うん、私もそれが良いと思う。ふぅ……、面倒くさい事やってたわねヤマト。気苦労が絶えなかったでしょ?」

「君とロベルトを焚き付けようと頑張ったり、シャネットのことも色々とな……」

「あはは。でも、ロベルトにはこの話、内緒にした方がいいね。彼が知って気まずさを持ってしまうと、誰にも心を開かない可能性がある」

「そうだな。うん、分かった」


 こうして俺に協力者ができた。一人で背負い込んでいたものを分け合ってくれる人の存在は、予想以上に俺の心を軽くしてくれた。もっとも、ゲームの詳細までをアマンダに伝えることはしない。18禁のゲームではないからエロ描写は無いものの、アマンダの格好をしたキャラが自分と違う行動をする姿など見たくはないだろうから。


 しかし、あの朴念仁ロベルトに好きな人などできるのだろうか。それは本当に不安だ。誰も好きにならなかったら呪ってやるぞ。


「それに、ロベルトに好きな人ができたとして、相手に交際を承諾させるだけじゃダメなのよね」

「あ、そっか……。結構、難易度高い……な」

「ま、その時が来たら、全力でロベルトをフォローしましょ。大丈夫、なるようになるよ」

 アマンダが俺を勇気づけるかのようなことを言う。


 あー、何て良いなんだ。俺が欲しいくらいだよ。これだけ気が効いて絶世の美女とか、反則だろ。異世界人じゃなければなぁ。


 いや、違う。こんな良い女っぷりを見せつけられても俺が彼女に惚れない理由、それはきっと別にある。あまり認めたくない感情だ。だから、今はしまっておくことにする。


「ふぃー、風呂ありがとう、ヤマト」

 湯気を漂わせながらロベルトが現れた。ったく、世界の命運を握っているくせに呑気な顔しやがって。


「ヤマト、やっぱこの世界には歯ブラシしか無いんだよね?」

歯磨き魔導具トゥーザーのようなスーパーアイテムはこの世界には無い。残念ながら歯ブラシで我慢してくれ。使い方の指導がいるかい?」

 俺はロベルトを茶化すように言った。


「うーん、そうだなぁ。歯ブラシ使うのなんて何年ぶりかも分からないし、ちょっと聞いておきたいな」

「真面目か! まあでも、文明の違いを考えると、歯磨き粉とかも説明した方がいいかもな。アマンダも来る?」

「私はトゥーザー持ってきてるから」

 アマンダはケースを俺たちに見せてウインクした。


 一緒にレストランに行った時、俺とロベルトは帰宅してから歯磨きすれば良いと思っていたところ、アマンダはレストランにも持って来ていたということだ。これが、意識の違いか……。

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