09 第二ヒロイン

 俺はロベルトとアマンダと話していた。


「元の世界で訓練が始まったんだ」

「まだ一日やっただけだよ。それに、武器は持って来られなかった」

「でも、例のスマホって奴は持って来たんだろ? マッドプラントだけじゃなく、他にも効く魔物もいるんじゃないか?」

「そうだな。調べたいところではあるけど……」

「調査するにはエネルギーが持たないって話だったわね」

 充電器が使えない以上、スマホのバッテリーは長くは持たない。その話は前回来た時にしてあった。


 しかし、よく考えると、電池形式の充電器と電池を大量に持って来れば充電できるな……。ショットガンだけでなく、次はそれも準備しよう。今回持って来られなかったショットガンよりは容易に持ち込めるはずだ。


「まあ、とりあえず、寮に向かいましょ」

「ああ、そうだ。ヤマトの部屋はちゃんと残してあるよ」

 アマンダとロベルトがそう言うと、俺たちは寮に向けて歩き出した。


 自室に荷物を置き、3人で食堂に向かう。時差のせいでこちらはまだ昼時だった。俺はまだ空腹ではなかったので軽食だけにし、ロベルトとアマンダの食事を雑談しながら見守る。


「ヤマトが転移した理由?」

「ああ。俺がこの世界でやらなければならない事があるんだ。それが果たされた時、転移は終わるって話だよ」

「それが何なのか、検討はついているの?」

「いや、まだ分からない」

 今後起こる事を話すのはまだ早いと思い、俺は詳細は言わなかった。


「ヤマトは、結構この世界のこと、知ってそうよね? かつてあった魔王大戦のことは知ってる?」

「ああ、ある程度は……」

「やっぱりそうなのね。それが何でかまでは聞かないけど、もしかすると大いなる闇に関係があるのかしら」


 大いなる闇、かつてこの世界に君臨した魔王と人間たちが戦った時に生み出されてしまった憎しみの化身だ。戦争の中、魔族と人間の両方に家族を殺され、全てに絶望した魔法師の人間が創り出した。少なくともゲームではそうだった。勧善懲悪とはいえない敵の存在感は物語としては好きだった。


 大いなる闇は封印されただけで滅されたわけではない。その影響で世界中に魔物が現れているのだ。そしてこの夏、大いなる闇自身が復活を遂げる。


「ああ、そうなのかもしれない」

 俺はアマンダにそう返答した。



    ◇



 俺は魔法学校の生徒ではないが、学校内に入る許可が出ている。生徒の活動を見学するふりをして、俺はを見逃さないように毎日の監視を続けた。


 第二ヒロイン、シャネット。

 ロベルトやアマンダの後輩にあたる青髪の少女で、孤児院育ちであるために上流家庭の生徒からいじめられている。いじめの現場に出くわしたロベルトがそれをたしなめたことで、シャネットはロベルトに心を開くのだ。


 そして、その時は遂に訪れた。


 魔法学校の通路で複数人の生徒と対峙するシャネット。これは間違いない、ロベルトとシャネットの出会いイベントだ。しかも、俺の隣にはロベルトがいるから、このイベント自体を逃すなんて事にはならなそうだ!


「ロベルト、あれ」

「ああ、分かってる。ちょっと嫌な雰囲気だな……。少し様子を見て、ヤバそうだったら止めに入ろう」

 ロベルトはポジティブな言葉を口にした。


「一体どういうつもりですの、シャネットさん。先ほどの無様な振る舞いは?」

「……すみません、リオノーラ様」

 シャネットが生徒たちの中心にいる女学生に謝罪の言葉を言う。


「魔法学校は由緒正しき学びの場。魔法以外の社交や礼儀だって重要ですのよ。あなたは先ほど、わたくしたち全員の顔に泥を塗ったのですよ」

「……」

 リオノーラと呼ばれた女子生徒がシャネットにプレッシャーをかける。セリフの一つ一つは覚えていないが、状況は概ね記憶の通りだ。最終的には水をかけられて、数人の生徒から暴力を受けることになる。あまり見たくない光景だし、助けに入るタイミングを早めてもいい気はする。


「はぁ……。黙ってたって分かりませんわ。あなたが孤児院出身だからという言い訳は通りませんわよ。この学校にいる以上、あなた自身もある程度のしきたりは身に付けませんと、あなた自身の立場を危うくしますわよ」

「……すみません」

「まあ、こんな風に圧力をかけたらそれしか言えなくなりますわね。わたくしも場所を考えるべきでしたわ、ごめんなさい。ちょっと教室まで戻りましょう。そして、さっきあなたが間違えたことを一緒に復習しましょう」

「ありがとうございます……」


 あ、あれ……? 何か優しい言葉をかけて終わりになりそうだぞ……。これ、いじめじゃないの? って、おーい。行っちゃうんかーい。


「大丈夫そうだな。いじめとか、そういう類のものじゃなさそうだ」

 ロベルトが言った。


 いやいやいや、いじめてないのかよ、あの悪役令嬢づらしたリオノーラとかいう女! ロベルトとシャネット、遭遇することなく終わっちゃったじゃないか! どーすんだよ、これ!?


「……ま、まあ、一応確認しとかない……か?」

「ヤマト、心配性だなぁ」

 ロベルトはもう安心しきった顔をしている。しかし、諦めきれない俺は、シャネットと同学年のメアリーを呼び出すのだった。



    ◇



 俺はロベルトとメアリーと共に、誰もいない教室に入り、メアリーにシャネットのことを聞いてみた。


「シャネットですか? 孤児院出身で頑張ってますよね。勉学で特待生を勝ち取った努力家です。ただ、やっぱり孤児院出身ということもあって、しきたりとか疎いんですよ」

「それ、上流家庭の生徒にいじめられたりしていないか?」

「ん~、大丈夫だと思いますよ。リオノーラっていう私の学年随一の貴族令嬢がいるんですけど、彼女がシャネットを随分と気にかけています。リオノーラのお気に入りのをいじめるなんて、誰もしませんよ」

「そ、そうか……」


 はい、いじめ無し確定! それどころか気にかけられて大切にされているとか……。これが脚本だったら物語が進まねーよ! というか、役に立たないゲーム原作だな!!


 俺は机に突っ伏してしまった。


「ど、どうしたんだ、ヤマト……!?」

「ヤ、ヤマトさん……?」

「何でもない。運命にあらがう難しさを再確認しただけだ」

「は、はぁ……」


 だが、まだロベルト✕シャネットの可能性が消えたわけではない。各キャラクターについてはゲームとことごとく違っているが、物語の展開はおおむねゲーム通りだ。だったら、シャネットはロベルトを中心とした活動に参加してくることになる。その時が次のチャンスだ。


「ふぅ……」

 俺は顔を上げた。見れば、メアリーが右腕を気にしていた。


「うーん、包帯が取れちゃいそう。すいません、ちょっと付け直しますね」

「まだ治り切ってないのか」

「だいぶ消えてきましたが、まだちょっと人様には見せられないかな、と……」

 メアリーが右腕の包帯を外した。なるほど、ヒュージ・マッドプラントの魔力吸収用の触手に巻き付かれたあとが確認できる。夏の暑さの中で包帯は大変だろう。メアリーも包帯を巻き直す前に汗を拭いていた。


 何だかメアリーの右腕のそれは、SM痕と似たようなものなのではないのだろうか……。いや、別にを見たことがあるわけではないけど、だからこそ余計に妄想が……。


 痕を見てしまったことで、他の包帯の部分にも痕を想像してしまう。


 というか、アマンダがいるから影に隠れがちだが、メアリーもかなり可愛い。胸は大きいしスカートからも美脚が伸びている。その脚にも包帯が巻かれているということは、そこも触手に絡みつかれて痕が残っているということだし、その痕がスカートの中にまで続いているというのは、かなり官能的なものを感じさせる。


 ふと、メアリーの上半身に目が向くと、暑さのせいだろう、制服のシャツのボタンが一部外してある。別にメアリーに限ったことではない。俺もロベルトもだし、この暑さでは誰もがそうだ。ただ、そこからメアリーの胸部に包帯が見え隠れするのだ。


 そこに痕があるというのは、普通の触手に服の上から締め上げられたせいか、それとも魔力吸収用の触手にシャツの中にまで入られたのか、などと考えてしまう。その想像もまた扇情的で、俺はほうけてしまった。


「ヤマトさん、どうしました?」

「え、な、何!?」

「何か、ぼーっとしてますよ」

「いや、何でもないよ!」

 メアリーにいぶかしげな視線を送られ、俺は慌てる。変な視線を送っていたことを感づかれたのではないかと、妙な後悔でいっぱいだった。


 くっそ、包帯を取ったところなんて見るんじゃなかった……!


 隣を見ると、ロベルトは、相変わらずの朴念仁フェイスをしている。俺の考えていたこと、後で共有したら一体どんな反応をするんだろうか。ロベルトだって俺と同じ年代の男だ。きっと悩ましげな感情に襲われるんじゃないだろうか。


 しかし、それはつまり、ロベルトがメアリーを女として見る、ということだ。


 そこで俺はふと、ある考えに至った。ロベルトが4人のヒロイン以外を好きになってしまう可能性もあるのだ。それは、なかなか良くない事態だと思う。大いなる闇を倒せるのかどうか、先の予測が困難になってしまう。気をつけた方がいい。


 メアリーにから気づきをもらい、俺は心の中で彼女に感謝した。


「何にしても、それ、早く治るといいな」

「はい、ありがとうございます!」

 俺が男子高生にありがちなアホ妄想を繰り広げていたことなど知る由もないという笑顔で、メアリーが返答した。

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