07 元の世界への帰還

 眩い光に閉じた目を恐る恐る開けると、そこは見覚えのある公園だった。


「ここは……近所の公園!?」

 俺はすぐにスマホの電源を入れた。圏外ではない! なら、俺は帰ってきたということか!


「よ……良かった……」

 安堵する気持ちが強く、俺はその場にしゃがみ込んだ。


 あの世界の滅亡を、俺が死んでしまうことを回避するつもりだった。いつかこの世界に帰還するために。しかし、それは意外と早く叶った。


 どっと疲労が押し寄せる。気を張っていたのだろう。つい先程までヒュージ・マッドプラントとの死闘の現場にいたということもある。


 こんな帰り方をして、ロベルトもアマンダも俺を心配してるかな……。


 俺は異世界にできた友人たちのことを想った。だが、今は一刻も早く家に帰りたかった。爆発的に押し寄せてきたダルさにあらがい、立ち上がって自宅を目指した。


 家に入って居間を覗く。両親はいない。一体、どうなったんだ。俺が転移してしまってから数日経っているはずだ。警察に捜索願でも出してしまっているだろうか。


 俺はため息をつきながら自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。時間はもう夕方だ。向こうの世界は昼頃だったから、これは時差らしい。目を閉じると、俺の意識は急速に闇に溶けていった。


 ……。


 …………。


 元の世界に戻って来られたのだから、全て忘れて良いんだろうか。そう思っていると、目の前にロベルトとアマンダの姿が浮かび上がった。ああ、夢を見ているんだな、俺。


 ったく、苦労したんだぞ、お前たちをくっつけようとして。見事に失敗したけどさ。


 ゲームをやっていた時は、主人公が都合よくモテるのがおかしいと思ってたわけだが、実際おかしかったみたいだな。ロベルトは普通の男だ。そして良い奴だ。アマンダも人のことを思いやれる良いだ。ただ美人なだけじゃない。


 そう思うと、俺は心が締め付けられる想いだった。彼らはまだ自分たちに降りかかる運命を知らないのだから。


 そんなことを思っていると、俺はベッドの上で目が覚めた。もう次の日の朝だった。フラっと居間に向かうと、そこには母がいた。


「あら、山和やまと、帰ってたの?」

「……ただいま、母さん」

 警察に捜索願が出されるようなことにはなっていなかった。聞けば、学校からの連絡で、俺が特別な実習に選ばれ、それに参加しているということになっていた。


 特別実習、何だそれ? もしかして、誰かが裏工作でもしたのか……?


 今思えば、自分でも自分がおかしくなったんじゃないかと思う。ゲームの世界に転移していたなどと。しかし、それと辻褄を合わせようとするなんて、一体誰が……。


 ん……? 『自分がおかしくなった』?? そのフレーズに聞き覚えが……。


 俺はを思い出し、自室に駆け戻った。机を開け、一枚の名刺を取り出す。


『君は近いうち、必ず大きな事件に巻き込まれる。自分の頭がおかしくなったと思ってしまうかもしれない。そうなった時、ここを訪ねてきなさい』

 家に現れた老人にそう言われたことを思い出した。名刺に書かれた『ラザード精神クリニック』の文字。


「行ってみるか……」

 もしかしたら、あの老人が言った大きな事件とは、異世界転移のことなのではないかと思い至ったのだ。


 母には再び実習に向かうと言い、学校の制服を着て俺は家を出た。名刺に書かれた住所の最寄り駅に着き、スマホでマップを見ながら目的の場所に歩く。


「あれ、山和やまとくん……?」

「え……?」

 俺が顔を上げると、そこには美樹みきかけるがいた。俺の目的の方向から歩いてきた形だ。


「二人とも、何でこんなところに……?」

「まあ、色々あってさ。山和くんこそどうしたの? 何か疲れた顔してない?」

「俺も色々あってさ……」

 説明できるわけもない。美樹と翔が一緒にいる姿も俺のダメージになるし、軽く挨拶をして俺は歩き始めた。


「山和くん……」

「ん……?」

 美樹の呼びかけに、俺は振り返る。


「……いや、何でもない」

「そう?」

 美樹は翔の腕を抱きかかえ、翔に体重をかけながら歩いていった。相変わらずのイチャイチャぶりにモヤモヤする気持ちもあったが、少し二人とも疲れているようにも見えた。


「どうしたんだ、美樹ちゃんも、翔も……?」

 この時の俺には、まだを思い至ることができなかった。



    ◇



 俺はラザード精神クリニックに到着し、受付で名刺を見せた。すると、数人いた一般の患者を無視し、俺は別の建物の部屋に案内された。


「来たのだね、山和くん」

 そう言って部屋に現れたのは、俺の家を訪ねてきた老人だった。


「どうも」

「いやいや、座ったままでいいよ。ご足労かけたね」

 老人は俺の前の椅子に腰を下ろした。


「申し遅れたね、私はラザード。クリニックの院長をしている」

「分かりました」

「ここは精神クリニックだが、当然君は精神を病んで来たわけではない。行ってきたのだろう、異世界に?」

「……はい、その通りです」

「ふむ。まあ、君がそうなることは観測されていた。ああ、この世界でのことは心配しなくていい。特別実習に呼ばれたことにしてある。君の両親にも、学校にもな」

「ラザードさんが手を回してくれたんですか……」

「ああ、そうだ。さて、どのような世界だったか、聞かせてもらえるか?」

 俺は、ゲーム『時空の果てに響く旋律』の世界に転移してしまったことをラザードに伝えた。


「この世界には時折、そのゲームのような実話が紛れ込む。そして、場合によっては君のようにその世界に迷い込む者もいる。ただ、今回の場合は、未来の可能性の物語、だったわけか。ふーむ」

「未来の可能性の物語……。確かに、ゲーム通りになる時もありましたが、同じにならないことも沢山ありました」

「結局、未来とは今を生きる者たちが築き上げるものということかもしれぬな」

 ラザードはそう言うと、一息ついた。


「さて、何より重要なことは、君は恐らく根本原因を解決するには至っていないということだ」

「根本原因?」

「異世界に呼ばれた者に求められている結果だよ。それを解決しない限り、君はまたその世界に転移するだろう」

「そ、そうなのですか……」

 俺は思ったより冷静にその言葉を聞くことができた。多分、ロベルトやアマンダを助けたいという気持ちがあるのだ。


「あの世界は、下手をすると滅びる世界です。俺はそれを防ぐために選ばれたのかもしれません」

「……なかなかマズい理由だな」

「マズい?」

「転移できる以上、世界は繋がっているのだよ。向こうの世界の滅亡は、こちらの世界の滅亡を意味する可能性がある」

「な、何だって!?」


 そういえば、あの世界の大いなる闇が引き起こそうとしているのは、ビッグクランチだ。すなわち宇宙の崩壊。だったら、こっちの世界も宇宙ごと崩壊してしまうってことなのか!?


「危険度の高いパターンだな。私もできる限り協力しよう。まずは、次の転移に備えることだ」

「備える……?」

「ついて来たまえ」

 ラザードは俺をエレベーターに案内した。ラザードが操作パネルに何やらコマンドを入力すると、エレベーターは地下1Fまでしかない表示を超えて、さらに地下に潜っていった。


 到着した階層には長い直線の通路があり、その先には小さな部屋があった。ラザードは中にいた人と会話をすると、俺を招き入れた。そして、逆側の扉の先は、天井の高い施設だった。


「ここから先は、異世界絡みの事件を統括する組織の日本支部だ」

 そう言うと、ラザードは何やら棒のようなものを俺に渡してきた。


「……は? おいおい、これって……!?」

 俺は思わず声を上げた。それは、映画でしか見ることのない、ショットガンだった。

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