02 ギャルゲー世界への転移
自室で変な光を見た後、草原に立っていることに気づいた俺はしばらく固まってしまった。
「ど、どこだよ、ここ……」
上空は雲一つ無い快晴。夜だったはずなのに太陽が活発だ。前方は開けた草原だが、後方は岩山になっていた。
「そ、そうだ、スマホ!」
俺は慌ててポケットからスマホを取り出したが、圏外だった。
「え、ええ……? どうすりゃ……いいんだ??」
意味の分からない怪奇現象に襲われた恐怖で、俺はパニックになる。圏外なのは分かっていたが、スマホを操作して何とか助けを呼ぼうとした。
その時、声が聞こえた。
「こっちです! こっちの方で何か光りました!」
「分かったわ」
男と女の声だ。俺はそちらの方を見る。すると、岩山の崖の間から、ローブを羽織った人間が二人現れた。
「ひ、人……? 助かった……」
俺はその人たちの元に歩み寄った。
彼らがフードを取ると、彼らの顔がハッキリ認識できた。
「…………は?」
俺は女性の方の顔を見てすっとぼけた声を出してしまった。
炎のような赤い長い髪に凛々しいその表情。見間違うわけもなかった。彼女は、昨日まで俺がプレイしていたギャルゲー『時空の果てに響く旋律』の第一ヒロインと同じ姿をしていたのだ。
「どうやら本当に異世界人が現れたようね」
「そのようですね、アマンダ先輩」
女性と男性が言った。どうやら、名前も第一ヒロインと同じアマンダらしい。
二人は静かに俺の前まで歩み寄り、話しかけてきた。
「私はアマンダ。あなた、名前は?」
「……
「そう、ヤマト、宜しくお願いしますね。ヤマト、自分に何が起きたか、把握していますか?」
「いいえ。ここは、どこなんですか……?」
「あなたは異世界転移に巻き込まれたのです」
「い、異世界転移……!?」
それで俺の目の前にアマンダがいるってことは、俺は『時空の果てに響く旋律』の世界に転移してしまったということなのか!? そ、そんなバカなことがあってたまるか!
「ここに異世界から人が迷い込むことは予言されていたのです。ひとまず、私たちについてきてください。保護します」
「……」
俺は少し考えたが、ついていく以外に選択肢はない。こんな草原に一人でいたら野垂れ死んでしまう。それに、本当に目の前の少女がアマンダなのであれば、彼女は善人のはずだ。言葉通り、悪いようにはしないと思う。
「宜しくお願いします……」
俺は静かに、アマンダたちについていった。岩山の少し進んだ場所に、馬車が停めてあった。中にはローブを羽織った女性がもう一人いて、俺たちを迎え入れてくれた。
彼女たちの服装にも見覚えがあった。ローブの下に見えるのは、アマンダたちが通う魔法学校の制服だ。男子はスラックス、女子はスカートで紺がベースなのもゲーム通り。夏だから半袖だが、外に出るイベントの時は防御力の高いあのローブを併用する。だから、アマンダの他の二人も魔法学校の生徒ということだ。
馬車に乗り込むと、アマンダは他の二人も紹介してくれた。どうやら後輩らしい。
「というか、何で言葉が通じているんですかね?」
「分かりません。ですが、過去にやはり別の世界から来た者とも、言葉が通じたという記録が残っています」
「理由は不明ということですか」
「ヤマトは記録上、二人目の異世界からの来訪者ですから、その辺の研究に興味を持つ者も出てくるかもしれませんね」
俺の疑問にアマンダが答えてくれた。
その後も、アマンダは色々と話しかけてきた。いきなり異世界に飛ばされて不安になっている俺のことを気遣ってくれているらしい。後輩たちは警戒しているようで、俺をジロジロ眺めるだけだったが。
会話が一段落すると、俺はスマホを取り出した。圏外である以上、できることは少ない。イヤホンと接続して音楽アプリを起動してみたところ、スマホのローカルに保存されている音楽は再生できたが、当然それ以上のことはできなかった。
「弱ったな……。もしもの時のために電源切っておくか……」
そんなことを考えていると、馬が声を上げ、馬車が急停車した。
「どうしたんですか!?」
「魔物ですね……」
アマンダと後輩二人が杖を手に取った。ゲーム内でも見た、魔法師用の杖だ。3人はそのまま馬車を出ていった。俺も慌ててついていく。
「ヤマト、危険なので下がっていてください」
「どうしたんですか!?」
「魔物に狙われています。私たちで対処します」
アマンダはそう言うと、杖をかかげて何やら呪文を唱えた。杖から赤い光がほとばしり、街道の横の森の方に炸裂する。
すると、森の方から奇声が聞こえた。俺は驚いて目を向ける。今の魔法であぶり出されたのか、緑色の植物のような魔物が5体、姿を現した。
「マッドプラントですね……」
「強敵じゃないけど、油断しないで、二人とも!」
「「はい!!」」
アマンダたちはフォーメーションを組み、マッドプラントと呼ばれた5体の魔物を迎え撃った。
飛びかかってくるマッドプラントを後輩の女子生徒が魔法ではじき返し、アマンダが追撃する。後輩の男子生徒もそれを援護していた。
「え……。これって……」
俺はその光景に覚えがあった。ゲームで、こんな場面……なかったか?
アマンダたちに目を向けると、ちょうど最後のマッドプラントを倒しているところだった。
「ふう、無事に終わりましたね」
「二人とも、大丈夫?」
「はい、問題ありません!」
アマンダたちは口々に言っている。
3人の後ろには森、場所は街道、植物の魔物に襲われ……?
「危ない! 気をつけて!!」
記憶の蘇った俺は3人に怒鳴った。
「え?」
アマンダがこちらを振り向く。
「うわあああ!!」
「きゃあああ!!」
しかし、後輩の男女二人から聞こえてきたのは悲鳴だった。森から物凄い速さで伸びてきた触手に絡み取られてしまったのだ。
「な、なに!?」
「しまった……!?」
アマンダと俺が叫んだ。
後輩の二人を捕縛した触手の出どころである魔物が森から姿を現す。先ほどのマッドプラントと同系統だが、別物と言っていいほど巨大だ。触手の数も多い。
そうだ、こういうイベントだった! 主人公が街道を移動している時に、この魔物に襲われているアマンダたちに出会うんだ! ゲーム通りならこのまま主人公が来るはずだが……。
「くっ! 二人を放せ!!」
アマンダは杖を構え、魔法で炎を放った。しかし、魔物が二人を捕らえているのとは別の触手でそれを受け止めた。触手に青い光がほとばしる。魔力で相殺しようとしているようだ。
「う!? あああああああ!!」
「ぐああああああ!!」
女性生徒と男子生徒が悲鳴を上げる。触手に胴体を締め上げられているようだ。
そうだ、まずいぞ! このイベント、主人公が行動をミスるとゲームオーバーになるんだ! 主人公が来る前だってそうなり得るんじゃ!?
そもそも主人公はどこまで来ているんだ!?
そう思い、俺は街道を眺める。かなり遠い距離まで直線が続いていて、誰かが来るのならもう見えていてもおかしくないはずだ。
「ぐ……うぅ……」
男子生徒は何かの防御魔法を展開しているようで、苦痛に呻きながらも束縛から逃れようと
「ぅ……ああ……あ……あああ!!」
一方、女子生徒は対応ができず、触手の締め上げに、もがきながら悲鳴を上げるだけになってしまっていた。
「ア、アマン……ダ先輩……助け……て……」
女子生徒はそう呟き、グッタリと脱力した。気絶してしまったようだ。その様にアマンダは激昂して叫び、女子生徒を救おうと魔法を放った。しかし、やはり別の触手に阻まれてしまう。
「く、くそ……!?」
逆に触手で攻撃され、アマンダは左右にステップを踏んでそれを避けた。そして、再び魔法で攻撃する。しかし、魔物本体に当たっても大して効いていない。
本来、主人公の手助けでアマンダが勝利するはずなのだ。ゲームの主人公ロベルトは特異体質持ちで、他人の魔力を増幅することができる。それ抜きではアマンダの攻撃は通らない。今、目の前でも同じことが起きていた。
魔物は気絶している女子生徒の素肌に別の触手を巻き付かせ、魔力を吸い取り始めた。その魔力を使って、アマンダに向けて魔法攻撃を繰り出す。アマンダは防戦一方になり始めた。
「はぁっ!! はぁっ!!」
アマンダの息が切れ始めた。このままではアマンダも触手に捕まって全滅だ。ゲームでも主人公が行動をミスるとそうなる。今は主人公がいないので、同じことになる可能性が非常に高い。
「やばい、何とかしないと、俺もここで死ぬ!?」
俺はもう一度街道を見渡した。誰もいない! つまり、主人公は来ない! ここにいるメンツで何とかするしかない!
俺は馬車に駆け込み、武器を探した。
「こ、こんなんしかないのかよ……」
小さなナイフしかなかった。だが、これでも無いよりマシだ。
俺は静かに馬車を降り、魔物がアマンダと向き合っている別の方向に移動した。アマンダの魔法でさえ傷がつかない魔物相手にナイフ一本で何ができるか。
そう考えているうちに、魔物にあっさり気づかれてしまった。魔物は俺の方を向き、触手を伸ばしてくる。
「あ……」
やばい、これ、本当にやばい。アマンダの後輩たちは魔力持ちだからすぐには殺されない。だが、魔力を持たない人間はそうではない。ゲームの主人公もそうだった。だとしたら、俺も、殺される!?
「ヤマト!?」
アマンダの声が聞こえた。そのタイミングで俺の身体に触手が接近し、そして、ビクッと反応して俺から距離を取った。
「え……?」
俺はその触手を見る。俺を値踏みするかのような動き。再度、俺に攻撃しようとし、そしてまた引っ込めた。
何でだ……? 俺に何か特別なものが……? 魔力なんて無いから魔力じゃない。何か発しているとか……? 『発している』……?
俺はそれに気づき、ポケットに手をやった。
「スマホ……Bluetoothか!?」
スマホとイヤホンを無線接続したままだった! だとしたらこの魔物、電波を嫌がっているんじゃ!?
俺は左手にスマホ、右手にBluetoothイヤホンを持ち、魔物の触手めがけて走り出した。すると、魔物が触手を引っ込める動作をした。
やはりそうだ! 確信を得たところで、アマンダが俺の前に入って魔物と対峙する。
「何やっているのヤマト!?」
俺が魔物に向かっていったことに混乱しているのか、アマンダが怒鳴った。
「アマンダ、これだ! あいつは、これを嫌がっているんだ!」
俺はアマンダにスマホとイヤホンを見せる。アマンダも今の俺と魔物の様子を見ていたので、すぐに理解してくれたようだ。
「貸して!」
「ああ!」
アマンダは杖を地面に置き、俺からスマホとイヤホンを受け取ると、何やら集中した。アマンダの周囲が緑色に光る。そして、アマンダは触手に捕まっている男子生徒めがけて大ジャンプした。
ゲームでは緑の光は風魔法だったから、あれは恐らく風の力によるジャンプなのだろう。
スマホとイヤホンを持っている以上、魔物はアマンダを嫌がり、男子生徒を解放して距離を取った。地面に落ちて咳き込む男子生徒に、アマンダは馬車の準備をするように叫んだ。
続いて、アマンダは女子生徒の方にジャンプし、女子生徒も触手から解放された。アマンダはそのまま魔物に向き合う。
俺は状況を察し、気絶している女子生徒に駆け寄ってお姫様抱っこの形で持ち上げ、馬車に飛び込んだ。すると、すぐにアマンダも合流してきた。スマホとイヤホンで牽制しながら逃げるということだ。
「出して!!」
アマンダが叫ぶ。男子生徒はそれに反応して馬に合図し、馬車が勢いよく動き出した。魔物はしばらく追撃してきたが、スマホとイヤホンがあるために近づけないことを悟ったのか、やがて追ってこなくなった。
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