トライアディック・デスティニー
シマフジ英
01 はじまりの日
「こんにちは、
呼び鈴に応じ、玄関を開けた先に立っていた老人が言った。
「あ、あの、一体何の用でしょうか?」
明らかに怪しい老人に警戒しつつ、俺は尋ねた。
「最近、君は大きな事件に巻き込まれてはいないかね?」
「はぁ。特に思い当たる節は無いですが……」
「ふむ、そうか。それではこれからということだな」
そう言うと、老人は一枚の名刺を手渡してきた。そこには『ラザード精神クリニック』という施設名が書いてあった。
「何ですか、これ?」
「君は近いうち、必ず大きな事件に巻き込まれる。自分の頭がおかしくなったと思ってしまうかもしれない。そうなった時、ここを訪ねて来なさい」
「どういうことです?」
「その時が来ればいずれ分かる。それでは失礼するよ、山和くん」
そう言うと、老人は去っていった。
「変な爺さん……」
俺は呟き、家に入っていった。
一体何だったのだろう。俺が何かの事件に巻き込まれる? 脅迫のようにも思えて少し嫌な感じはある。警察に相談すべきだろうか? だが、具体的に何かされたわけでもないし、それも大げさか。
俺は部屋に戻り、その怪しげな名刺を机にしまった後、クラスメイトから渡されていたゲームの続きをした。
◇
翌日。
期末試験の終わった学校は、開放感のせいか浮足立っているように感じる。週明けとは思えない爽やかな雰囲気だ。
喧騒の絶えない中、俺は週末にプレイしたゲームを貸してきたクラスメイトの元を訪れた。
「うーっす、
「お、山和、おはよう」
俺が話しかけたこの男子生徒は自他共に認めるオタクで、彼が俺に押し付けてきたゲームも、所謂ギャルゲーだ。タイトルは『時空の果てに響く旋律』。
「クリアしたぞ」
俺はゲームのパッケージを手渡しながら呟いた。
「え、もう!? 早くね!」
「まあ、攻略サイトを見ながらやったからね」
「そ、そうなのか。で、どうだった……?」
「何というか、あの朴念仁な主人公があんなに都合よくモテるの、おかしいだろ」
「そこはギャルゲーなんだから、お約束と思ってくれよ!」
「いや、そういうところに物語としての必然性が無いとダメだと思うぞ」
俺の両親は劇団関係の仕事をしている。そのため、俺は小さい頃から物語の脚本等をたくさん見ていた。それ故、俺はこういう事を言う性格になった。一方で見るもののジャンルは選ばない。面白ければ媒体は何でも良いと思っている。映画、漫画、小説、アニメ、何でも来いというところだ。
茶介が俺にギャルゲーを貸してきたのも、それが要因だろう。
「他にもウンチクを言うとさ、基本の物語が一本道で、最終的に主人公がどのヒロインを選んでも良いように、途中のシナリオでのヒロインのセリフが当たり障りのないものになっているのがかなりキツい。あれじゃ感情移入はできないよ」
「う……。でも、最後の話は良かっただろ?」
「結末だけ綺麗に描かれててもダメだよ。起承転結あっての物語なんだからさ」
「そ、そうか……。俺は良いと思ったんだけどなぁ。アマンダ編とか、泣けるし好きだよ」
アマンダというのはこのゲームの第一ヒロインだ。確かに、作り手が力を入れているのは感じる内容だった。だからこそ、中盤のヒロイン描写がスカスカなのが痛い。しかし、茶介にはそれ以上ネガティブなことを言わず、アマンダ編の良いところを言い合って、この話題を終わらせることにした。
◇
放課後、俺はクラスメイトたちと映画を見に行くことになっていた。男女二人ずつの構成で、女子の片方がもう一人の男子に片思いしているらしい。他方の女子から人数合わせに協力してほしいということで俺が誘われたのだ。
俺もその映画は見たかったので、特に断る理由もなかった。映画の前後も、できるだけクラスメイトのフォローをした。他方の女子と一緒に対象の男女から離れ、しばし二人きりにさせる。
「さて、上手くいくのかね、あれ」
「そればかりはあの
「いやいや、俺も映画楽しかったし」
俺はしばしその女子とも談笑する。ワンチャン、この
そんなことを考えていると、不意に別方向から話しかけられた。
「あれ、もしかして山和くん?」
俺と女子生徒が振り向く。
そこには他校の制服を着た女子高生が立っていた。この女子を忘れるはずもない。
「山和くん、この人は?」
女子生徒がそう俺に尋ねたところで、俺は我に返った。
「劇団関係の知り合いだよ」
「へー、そうなんだ」
すると、女子生徒と美樹は挨拶をした。女子生徒も、美樹のことを羨望の眼差しで見ているのが分かる。
変わっていない。女性からも黄色い声が上がるのが美樹なのだ。
そして、今、目の前にいる彼女は、出会った当時と比べて色んなところが成長している! 俺の目線はチラチラと彼女の胸元に行ってしまう! 昔と比べて明らかに巨大化したソレは、男の身には、破壊力がありすぎる!
ほんの少し、期待を持ってしまう。もし彼女と相手が今は別の道を歩いているとしたら……。彼女が今、フリーだというのなら……。
「おーっす、美樹、お待たせ」
「
美樹の隣に男が現れた。この男も忘れるはずがない。当時、その存在が多くの男を嫉妬に狂わせた、美樹のパートナーだ。
うう、まだ付き合ってやがったのか、残念……。
俺は、トホホという擬音が聞こえてきそうな想いで、美樹が翔の腕を抱きかかえるのを見た。ああ、立派な成長を遂げた美樹の胸が、翔の腕に当たっている……。一体どんな感触がするんだよそれ、羨ましいなクソ!!
だが、俺を含めて他の男も余程のことがなければ翔にちょっかいを出したりはしない。この高身長でゴツい
「山和くん、私たち、もう行くね。邪魔しちゃ悪そうだし!」
美樹は女子生徒と俺を交互に見た後、ウインクをした。多分、誤解されたのだ。しかし、ムキになって否定する気も起きない。美樹と翔との仲は健在なのだから。
美樹は翔と手を繋ぎ、歩いていってしまった。
「美人な知り合いがいたのね」
「ああ、それは否定しない」
「好きだったりする?」
「いや、知り合った頃にはもうあの男がいたから……」
「そうなんだ」
俺はため息をついて、美樹たちが去った方向を見つめた。
◇
夕食後、俺は自室で今日のことを思い出していた。美樹と再会してしまったことに、思いの外、心が揺らいでいる。
連絡先は、実は知っている。美樹はキャスト、俺はスタッフという立場だったが、同い年なこともあり、成り行きで交換することができたのだ。
「ま、挨拶ぐらいしかしたことないけどな……」
俺はメッセージアプリの友人リストの中の『美樹』という文字を見ながら呟いた。
ダメだ、こんな調子じゃ! 他のことを考えよう!
俺はそう思って、今日観た映画のパンフレットを開いた。
アメリカ映画で、ジャンルはSFホラーだ。考古学者たちが謎の呪文が書かれた石碑を解読して音声にしてしまったことから始まる惨劇の物語で、簡単に言えば、彼らと怪物が戦うことになる。
何より、魅せ方が上手い! ミスリードがばっちり決まっているのだ。起承転結の全てがしっかりしている点においても、昨日までプレイしていたギャルゲーとは大違いだったと思う。
あのギャルゲーもなぁ。中盤が良ければなぁ。ヒロイン選択制なんかじゃなく、一人のヒロインに注力して中盤の物語を作れば、『承』と『転』がしっかりして、きっと良いものになってただろうに。
そんなことを思ったその時、俺は周囲の異変に気づいた。
何やら俺の周囲に青い稲妻のようなものが光ったり消えたりしている。
「な、何だ、これ!?」
俺は思わず声を上げて立ち上がった。
その光は一層眩しくなり、俺は目を閉じる。
光が収まった後、恐る恐る目を開けると……。
「…………は?」
俺はとぼけた呟きをしてしまった。意味が分からなかったのだ。
俺は、自室ではなく、草原に立っていた。
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