03 ゲームと違う

 魔物の追撃を振り切った馬車の中で、アマンダは男子生徒にも休むように伝えた。男子生徒は素直に横になって休息を取り始める。女子生徒は気を失ったままだ。


「ヤマト、これ、ありがとう」

 アマンダがスマホとイヤホンを返してきた。


「それ、何なの?」

「スマートフォンという通信機器だよ。略してスマホ。この世界では本来の使い方はできないけど」

「そう。あの魔物に効いたのは副作用的な効果だったってことね。でも、それが無かったらあの魔物にやられていたわ……」

 アマンダはそう言うと腰を落とした。


 誰も手綱を握っていなかったが、馬車は問題なく移動していた。その仕組みはゲームで解説されていたから知っている。車を引いている馬は本物ではなく、魔法で作られた半生物なのだ。


 本当ならゲームの主人公ロベルトがその解説を聞いているはずだった。ここは『時空の果てに響く旋律』と同じ世界のようだが、ゲーム通りにはいかないということなのか……。


 やがて街が見えてきた。全景に見覚えがある。主人公ロベルトやアマンダたちの拠点となる街だ。JRPGの中世の世界観のようなその光景は、生で見ると本当に綺麗だった。


「あれが私たちの街。どう?」

「……感動的なくらい綺麗だ。でも、俺は帰りたい。これが旅行だったら良かった」

「そっか……」

 馬車はそのまま魔法学校に到着した。アマンダの後輩の男女は救護班らしき者たちに連れていかれた。


「寮に案内するわ。しばらく、そこに滞在してもらうことになると思う」

「分かった、色々とありがとう」

 歩き始めたアマンダについていき、アマンダの案内で寮の一室にたどり着いた。


 目に見えるものは中世でも、文明が発達していないわけではなかった。ボタン一つで灯りが点くし、トイレも自動。動力源は電気ではないようだったが。


 アマンダは報告があるからと行ってしまったし、俺はベッドに倒れ込んだ。


「ふぅ……」

 巨大な魔物と遭遇して命の危機まで味わったのだ。疲労していて当然だった。何より、転移前の日本はもう夜だったのだから。


 目を閉じてダルさに身体を委ねる。俺はあっという間に眠りに落ちていった。



    ◇



 起きて見えたのは見知らぬ天井。どうやら夢ではなかったようだ。異世界の魔法学校の寮の一室で、俺は目覚めたのだ。もう昼だった。


 顔を洗ったりしていると、メイド服の女性が俺を呼びに来た。部屋に案内されると、そこには二人の中年男性が待っていた。寮長と魔法学校の校長らしい。


 寮の一室は今後も使えるし、食堂も自由に利用させてもらえることになった。


「何か質問はあるかね?」

「ズバリ聞きたいです。俺は、帰れるんですか?」

「ふむ、それは分からん。私たちが知っているのは、昨日、あの場所で異世界から来訪者が現れるという予言だけだったのだ。ただ、君の前にこの世界にやって来た異世界人は、この世界から去っていったと記録にあるぞ」

「そ、そうですか!」

 希望の持てる発言に、俺は素直に喜ぶ。


「異世界転移など普通ありえないことだ。ヤマト、恐らく君は運命に選ばれた者なのだ。やるべきことを成し遂げた時、元の世界に戻れるということなのかもしれぬな」

「やるべきこと、ですか」

 それが何なのかは分からない。つまり、しばらくは帰れないということなのだろう。


 一晩以上、眠りこけってしまったから、日本はもう火曜日の終わりが近づいているはずだ。俺は、行方不明扱いにでもなっているのだろうか。親に心配をかけることになってしまったな……。


 寮長と校長と別れた後、空腹だったので、食堂に行ってみた。料金は無料、破格の扱いだと思う。ゲームの映像でもやたら美味しそうな料理だったが、実際、かなり美味しかった。食については、飽きたりはしなさそうだ。


 腹を満たした俺は、ふと、魔法学校の校舎に足を運んだ。夕方近くになっていたので、もう放課後だ。この学校にも日本の高校と同じように部活動のシステムがある。その活動をしている生徒や、帰宅する生徒、寮に戻る生徒に分かれているようだった。


 ふと、弦楽器の音色が聞こえた。美しい音色だ。俺は自然とそちらに足を向けた。


「アマンダの演奏か……」

 魔法学校内の教会でアマンダが弦楽器を演奏していた。そういえば、アマンダはそういう部活に入っていた。ここで演奏するイベントもあった。


「ゲーム通りの事も起こるんだな……」

 アマンダの演奏を聞くため、少なくない人数の生徒が教会に集まっている。俺もそのまま聞くことにした。


 演奏をするアマンダは綺麗だった。というか、昨日は自分に余裕が無かったから思い至らなかったが、アマンダはびっくりするくらい美人だ。それはそうか、ギャルゲーの第一ヒロインなのだから。


 ゲームタイトル『時空の果てに響く旋律』の旋律という言葉は、ほぼアマンダのことを指している。そういう意味で、事実上アマンダは真ヒロインなのだ。


 ゲームを貸してきたクラスメイトの茶介さすけが言うように、物語もアマンダ編が一番気合が入っている。他のヒロインのシナリオとは一線を画していたとは思う。


 また、ゲームにはバッドエンドもあった。主人公が誰も選ばなかった場合のシナリオだ。


 ストーリーを全部味わうために、バッドエンド自体は俺も見た。滅亡する世界の中で、最後まで生きようとする人々の絆が描かれる、なかなか趣のある話だった。


 あれ? でも、待てよ……。


 このまま行くと……そうなってしまうんじゃ……。だって、主人公のロベルトがどこにもいないぞ! ロベルトの異能で魔力を増幅したヒロインがラスボスを倒すというのが、各ヒロインのシナリオの共通の肝なのに!


 あれ、あれ、あれ……。世界が滅亡したら俺も死んでしまうぞ! そうしたら、元の世界に帰るとか、そういうレベルじゃなくなるぞ!?


 俺は辿り着いてしまったその想像だけで冷や汗が止まらなくなった。


「ヤマト、来てくれたんだ」

「え!?」

 気づけば、アマンダが俺の前に立っている。演奏は、他の生徒の番になっていた。


 俺は意を決してアマンダに質問を投げかけた。


「アマンダ、ロベルトって奴を知らないか?」

「え?」



    ◇



 アマンダは演奏の後片付けをし、その後に再び俺の元にやってきた。ロベルトのところに案内してくれるようだった。


 俺はひとまず安堵した。主人公ロベルト、ちゃんといるじゃないか! だったら、バッドエンドまっしぐらということは無さそうだ!


 ロベルトは、魔法学校の図書館にいた。俺はアマンダと共にロベルトが座っている席に向かう。


「あの、ロベルト、よね?」

「え?」

 アマンダの問いかけにその男が顔を上げた。俺が見間違うわけもない。彼は、間違いなく、ゲーム『時空の果てに響く旋律』の主人公、ロベルトだった。


「ちょっと出てきてもらっていい?」

「いいですけど……」

 二人のよそよそしい様子を見ていると、知り合いというわけではなさそうだった。


 図書館の外に出ると、互いに自己紹介をした。


「まあ、私がロベルトのことを知らないわけないけどね」

「そうなんですか?」

「あなた、有名人だもの」


 アマンダが言うには、ロベルトは他人の魔力を増幅させる異能が注目され、特別待遇でこの魔法学校に入学したらしい。この学校で彼を知らない者などいないということだ。


 その時点でゲームと違う……。原作では、ロベルトは魔力が無いということが過小評価され、どこにも進学することができていなかった。まあ、ガバガバな設定だったと思う。こんな有能スキルを集団で放っておくとか、バカばっかりじゃないかと思ったものだ。だが、目の前のロベルトはきちんとした評価を受けていた。


 ロベルトはアマンダを救ったことがきっかけで魔法学校に入学することになるのがゲームでの話だ。だが、既に魔法学校に入学できていたから、あの街道にも現れなかったということなのだろう。


「というか、敬語はやめて! 私たち同級生よ!」

「そ、そうか、ごめん!」

 アマンダにロベルトが答える。いいぞ、そんな感じで仲良くなってもらえるなら、バッドエンドを心配しなくても良くなるというものだ。


 ロベルトは異世界人である俺にも興味があったらしく、色々と質問してきた。しかし、答えられることも多くはない。俺の世界のことを説明したところで、文化が違いすぎて伝わらないのだから。


 ひとしきり会話をした後、ロベルトは引き続き勉強するということで図書館に戻り、俺はアマンダと共に寮の方に歩き始めた。


「でもヤマト、どうしてロベルトのこと知ってたの?」

「いや、俺も聞いたんだよ、彼の話を。この世界の人間なのに俺と同じ魔力無しというのにも興味が湧いてさ」

「ふーん」

 俺は本当の事は言わず、人づてにロベルトのことを聞いたというていにしておいた。


 しかしまあ、ロベルトの中性な顔立ちと草食系な雰囲気……。ゲームでは都合良くヒロインたちに惚れられていたが、あれでモテるというのは、やっぱりおかしい。ロベルトの異能は、心を通わせた相手ほど強力に働くので、ラスボスを倒すためにはモテてくれないと困るわけだが。


 ……俺は少し不安になり、そのことをアマンダに聞いてみることにした。


「な、なあアマンダ……」

「ん?」

「俺の世界だとさ、ああいうガツガツしてない雰囲気の男ってモテるんだよ……」

 俺は適当に辻褄を合わせて言葉を紡ぐ。


「え、そうなの? うーん、こっちの世界じゃ、モテる要素じゃない気がするなぁ」

 う!? 良くない方向の返答だ!


「アマンダ的には、どうなの、ロベルトみたいな人?」

「そう言われても……。さっき会ったばかりだもの。何も言えないよ」

 まさか、これもゲームと違うというのか! ゲームでは、アマンダは何かにつけてロベルトと一緒にいようとしていたのに!


「まあ、私の好みではない……かな。ロベルトには申し訳ないけど」

「…………は!?」

 俺は思わず立ち止まり、声を上げてフリーズしてしまった。


 ロベルトが、アマンダの好みではない? な、何を言っているんだこのアマンダは! あれか、ピンチを救われるイベントが無かったからか!? いや、あったとしても、あれだけで都合よくベタ惚れするとか、確かにおかしいけど。


 いやいや、そうじゃない! ふざけんなよ! 都合よくロベルトに惚れろよ、このクソ美人が! 君の魔力とロベルトの魔力増幅が無ければ、世界は救えないんだぞ!!


「どうしたの、ヤマト? 私の顔に何かついてる?」

「い、いや、何でもない……」

 俺はアマンダから目を逸らし、歩き始めた。


 これは、まずい。何とかしなければ。

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