第3話 ぼっちギャル、プラチナちゃん

「ぜえぜえ……! あぶねー……! 危うく死ぬところだった……!」



 もよもふ

 いんきゃ

 HP: 4

 MP:115



 駅までの道のりを歩いていたら、突然汚いおっさん二人が「俺は未来のお前だ! お前が頑張らないせいでこうなったんだぞ!」とブチギレながら殴りかかって来たのだ。


 チビでヒョロガリのおじさんだが、数は二体……! かなりの劣勢である!

 だが咄嗟に、複数攻撃スキル<ダブルラリアット>を「でやー!」と叫びながら8発繰り出し、なんとか倒すことができた。


 ゲーマーじゃなかったら<ダブルラリアット>は思いつかず、敗北していたことだろう。やはりゲームは素晴らしい。

 ありがとうカ〇コン! ファイナル〇ァイト! ハ〇ー市長!


[もよもふはリストラされたおじさんたちを倒した。〔プロレス〕がアップ。<スーパー頭突き>を習得]


「やったぜ! 新スキルゲットだ! でも、<スーパー頭突き>ってプロレス技なのか? 相撲だろ?」


[370円を手に入れた]


「おお! マジか!?」


 財布の中を見ると、確かに小銭が増えている。

 でもこれって、ただの強盗なのでは……?


(犯罪にはならないから安心してください)


 すげえ!

 こりゃ本格的にRPGっぽくなってきたぞ!


 思わぬ臨時収入にホクホク顔で登校する俺。

 だが彼女の顔を見て、そんな幸福感は一瞬で冷めきってしまった。


「おはよー」


 葉々勝さんは、クラスのみんなに挨拶して回りながら自分の席へと着く。

 もう俺の席からはだいぶ遠い。声をかけられる距離ではない。



 昨日、家に帰ってからずっと考えていた。


 彼女にキモいと言われたことは、まだ受け入れられる。

 実際以前の俺は、何一ついいところがない陰キャだったのだ。そう思われてしまうのも仕方ない。


 だがパパ活の件に関しては無理だ。

 まあ、病気の家族の治療費を稼ぐためだとか、家の借金を返すためだとか、そういう理由であれば、ギリギリなんとか許容できるかもしれない。

 しかし遊ぶ金欲しさだったとしたら……。



「……よし、後で聞きにいこう」


 葉々勝さん……どうか君を好きなままでいさせてくれ。


 そんなキザったらしい言葉を頭に浮かべていると、隣の席からイスを引く音が聞こえてきた。

 星野プラチナちゃん(笑)のご登場である。


 彼女は何も言わずイスに座ると、頬杖をついて、つまらなさそうにどこかを見始めた。

 そう。プラチナちゃん(笑)はギャルのくせに、俺と同じ“ぼっち”なのだ。


 うちのクラスにはギャルグループが二つあるのだが、プラチナちゃん(笑)はどちらにも属していない。

 パパ活するような奴とは関わりたくないと思われているのか、みんなからハブられているようなのだ。




 ――この子、スマホいじりをしないんだな。


 これは意外だった。

 今時の高校生だったら、一人暇な時は絶対スマホいじりをする。

 もしかして持っていないのだろうか?

 今まで彼女と関わったことないので、まったく分からない。



「……何?」


 しまった! プラチナちゃん(笑)に気付かれた!

 思いっきりガン見しちゃってたからな。


 なんか怖いし、適当に謝って誤魔化そう。



 そう思った矢先、出やがった!

 クソ選択肢がよ!



[1、ああ、ごめん。この女、お手頃価格でパコれそうだなと思ってさ。……500円でどうかな?〔エロ50以上 交渉50以上]

[2、これでもくらいやがれ! 屁をかける<屁こきLV9>]

[3、1時間目の現国の教科書忘れた。見せてくれ。お礼は俺のケツ毛5本で〔ウソ25以上〕【ケツ毛ボーボー病】]



 クソがっ! 一つもまともな選択肢がねえじゃねえか!

 もしかして、普通に会話するためのステータスが、軒並み1ケタなのか!?


 しかしどうする?

 屁こきか? 屁こきでいくか?


 いや、待て……! 俺の屁こきスキル、LV9マスターレベルじゃねえか!

 究極の屁を浴びせたら、命を奪ってしまう恐れがあるぞ……!

 となれば、ここは……!


「1時間目の現国の教科書忘れた。見せてくれ。お礼は俺のケツ毛5本で」

「はぁ? あんたってそんな毛深いの? つうか、いらないし。――まあ、いいよ。見せたげる」


 ズズズズズッ。

 プラチナちゃん(笑)は俺と席をくっつけると、机と机の境目に現国の教科書を広げて置いてくれた。


 おっ、意外に心広いし、優しいじゃん。


 並の男だったら、このギャップに好きになってしまうかもしれないだろうが、俺は大のギャル嫌い。トキメキ度は1ミリも上昇せずだ。


 ちなみに、現国の教科書を忘れてなどいない。

 だが、今さらウソだと明かすのも何だか面倒だ。ここは素直に礼を言っておこう。



[1、شكرًا لك〔アラビア語20以上〕]

[2、आपको धन्यवाद〔ヒンディー語20以上〕]

[3、сипос〔タジク語20以上〕]



 お礼くらい普通に言わせてくれよ……。


「сипос」

「……え? 何て言ったの?」


「タジク語で“ありがとう”って言ったんだ」

「へ? 意味分かんないんだけど?」


 だよな。

 俺もそう思うよ。


[1、ごちゃごちゃうるせえ! 黙ってろ! ――プラチナちゃん(笑)の唇を奪う<女を黙らせるキスLV9>【傍若無人】]

[2、こんなことも分からんのかぁ! このバカチンがぁ! ――本気ビンタ〔熱血70以上 教育50以上〕【暴力大好き】]

[3、すまない、タジキスタンに2年間いたものでな。傭兵をやっていたんだ。その時の癖でつい……。――嘘の列伝を語りに語る〔ウソ100以上〕]



 ちくしょおおおおおおお!


「すまない、タジキスタンに2年間いたものでな。傭兵をやっていたんだ。その時の癖でつい……」

「え!? 傭兵!? ウソでしょ!?」


 プラチナちゃんの眼が見開くと同時に、目の前にテキストが現れた。

 どうやらウソの列伝は、ゲームシステムの方で考えてくれたらしい。


「本当さ。あれは3年前……俺は青年海外協力隊の一人として、タジキスタンに渡ったんだ。そしてボランティア活動をしている内に、地元民の少女リージャと恋に落ちた」

「え……? マジで? それからどうなったの?」


「……リージャは俺の子を身ごもったよ。俺は、彼女を日本に連れて帰るか、それともタジキスタンに骨をうずめるかを選択しなくてはならなくなった」

「私だったら日本に帰るけど……もよもふはタジキスタンに残ったんだよね……?」


「ああ。リージャの村はとても貧しくてな。それを見捨てていくことは俺もリージャもできなかったんだよ」

「そっか……偉いね……」


 プラチナちゃん(笑)は、敬意とも悲しみともとれる複雑な表情を見せた。


「貧しいながらも幸せな生活を送っていた俺たちだったが、それは突然奪われてしまう。俺の不在時に、村がテロリストどもに襲撃されたんだ。……俺は愛する家族を失った」

「そんな……」


 涙ぐむプラチナちゃん。


「俺は仇を討つため、アメリカに本社を置く民間軍事会社に入った。そして厳しい訓練を終え、戦場に――おっと、もう授業が始まるみたいだ。長々と悪かったね」

「ううん……」


 顔を背けた彼女から、鼻をすする音が聞こえてくる。

 きっと泣いてるのだろう。

 まさかプラチナちゃん(笑)が、こんなに純粋な人だったとは。



[もよもふの〔タジク語〕がアップ。〔ウソ〕がアップ。『リージャとの思い出』を入手]



 誰だよ! リージャって!

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