第六章 アンズの蕾の枝の下で

 「町はずれなので私の家、少し歩きますわよ」

 「はい、知っています。この間行きましたから……」


 「ああ……そうでしたわね」

 (フィリップさんが自分で何日か前に来たんだから知ってるに決まってるじゃないの、私何言ってるのよ)


 「……」

 「……」

 (何か話した方が良いのかしら……。でも余計な事言っちゃいそう)


 「ひょっとしてミローナさんのお店は今日は休業日だったのですか?」

 「いいえ、私の相談所は特に休日を決めていなくて。今日は暇だったのでちょっと買い出しに来たのですわ」

 (そうだ!仕事の話をすればいいのよ。そもそもフィリップさんだって仕事の依頼に来たんだし)

 

 「あのう、フィリップさん……。この間のお守り、何か効果はありました?」

 (声が上ずっちゃった。それに、お守りの効果なんか無ければいい!)


 「いいえ、実は今日そのことでお伺いしたんです」


 「えっ……何か不具合でも?」

 (どうしよう……何か悪いものでも呼び寄せたのかしら)


 「いいえ、まだ買ったばかりですし……。実は効果が出ないうちにお返ししたくなったんです」

 「ええ?それは何故です?魔法がお嫌いになりましたか?」

 (どうしよう……魔法が嫌いって事だったら、魔法使いの事も殆ど嫌いよね)


 「あの……いっそ今話します……。ちょっと腰を下ろして話した方が……。ああ、あのアンズの木の下にベンチがあります。あちらに一緒に座りましょう」

 「はい……」

 (なんかデートみたいで嬉しいけど魔法使いが嫌いになってたら悲しい……うう、混乱してきたあ)


 「ふう……やあ、アンズの蕾もだいぶほころんできましたね……」

 

 「そうですね……。これから春もたけなわになりますわ」

 (あれ、別に私に悪い感情を持ってるわけではなさそう……?)


 「あの、あのう、ミローナさん。早速ですが出会いを呼び寄せるお守りをお返しします」

 

 「……はい。ええと今丁度持ち合わせがありますので、返金できます。一度受け取らたので三分の二の額を返金いたします」

 (ずいぶん急いで返したがってるわね。仕事の都合で時間が無いのかしら)


 「お金はいりません。とっておいてください」

 

 「えっ。でもそれではフィリップさんが損をしてしまいますわ」

 (???なんだ、どうしたのかしら)

 

 「率直に言いますと、すでに出会いはありました。このお守りを受け取る前から」


 「……まあ、そうでしたの。ご自分の恋心に自覚が持てずそのまま私の店に来てしまったのですね……。若い頃にはよくある事ですわ……」

 (ええっそうだったのお⁉それなら私はフィリップさんに出会う前から失恋してたって事?いや、それは違うかしら?なんか頭がグルグル回る感じになってきた)


 「いえ、その、ミローナさんのお店に入って話を聞いていると……ミローナさんの笑顔とか、声とか、恋人のいない僕を馬鹿にしないでいてくれた優しさとか……」


 「……ふぇ?」

 (なんか今フィリップさんすっごくビックリするようなこと言わなかった?)


 「お守りをお返しするのは、品物が気に入らなかったからではないんです。ミローナさん以外の出会いはいらないという僕の意思表示を見ていただきたかったんです」


 「……そ、そうですの……」

 (な、なんか心臓が早く打ってる……。この心臓、なんの騒ぎなのかしら)


 「ミローナさん、魔法使いのあなたにこのような事を言うのはご迷惑だったでしょうか?」

 

 「いいえ、あの……」

 (えーっと何か言わなきゃ。あ、そうだお守りの働きをちゃんと説明しないと!あれ?違う?とりあえず何か言わないと!)

 

 「フィリップさん、出会いのお守りなのですが……。あれは再会も引き寄せるのです……。だからご不満でなければこれからも持っていてください」

 (そ、そうよ私も持ってるもん!作った本人が愛用してるくらい信用できるお守りなんだから、それを言わないと!)


 「再会……ですか?そういえば今日も思ったより早くミローナさんと会えた……」


 「私も同じものを持っています……。紅水晶の蜘蛛の巣包み……。私も会いたかったんです。フィリップさんに」

 (なんか頭の中混乱してるけど、大切なことをちゃんといえたわ!)


 「ミローナさん……」

 「フィリップさん……」


 (うわあ!私とフィリップさん、手に手を取ってる!嬉しくて倒れちゃう!)

 

 「おっと、ミローナさん、大丈夫ですか?なんかヨロヨロしてます」


 「嬉しいから、舞い上がっているのですわ!」

 (百年以上生きていて、こんな気分ははじめてだわ!)




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