第三章 お得意様ご来店
「こんにちは、ミローナさん」
(あ!おとくいさま、ご来店!もうそんな時期なの⁉)
「いらっしゃいませタラント様」
「ひと月ぶりね。前に来たときは雪が降ってたけどあれがこの冬最後の雪かしら」
「おそらくは。お待ちしておりました」
(うわあ、すっかり忘れてた。お得意様の予約を忘れるなんて開店以来初めて)
「どうしたの?」
「いえ、いつもどうも……」
(え、うっかり口に出しちゃったっけ?)
「いいえ、別に。なんだか今日は貴女、ぼんやりしてる感じがして」
「そう、でしょうか。先月と変わりませんが……」
(どうしよう。顔に出た?それとも態度が変だった?)
「なら良いのだけど。今日もあの映写機をよろしくね。外はまだ風が冷たかったわ。ホットワインもお願い」
「かしこまりました。どうぞおかけください。ただ今ご用意いたします」
(しまった!今日は暗幕を下ろして用意してない!急がなきゃ)
「やっぱりいつもと違うわね。ミローナさんがお客が来てから映写機の用意をするなんて初めてなんじゃない?」
「す、すみません。今日はうっかりしておりました……」
(これもどれもフィリップさんのせいよ!フィリップさんが来てから私、注意力散漫になっちゃったのよ!フィリップさんは悪くないのは分かってるけど、でも私を困らせてるのはフィリップさんよ!)
「この椅子、座り心地良いのよね。好きだわ」
「ありがとうございます。こちら見晴らしの実のスパイスと柑橘類入りのホットワインでございます」
(良かった。タラント様、機嫌はいい)
「ありがとう」
「魔女の映写機をお持ちしました」
(これから挽回するわ!)
「写すのはいつも通り部下のコンドルを。今日はこれを使って。彼の使っているペンなんだけど」
「はい、コンドル様ですね。かしこまりました」
(コンドルさん、今度は船でどこに向かったんだろう)
「場所は北のトルトの港町。時間帯は、仕事をしている時間だったらいつでも。五分限定を繰り返し観させて」
「かしこまりました」
(コンドルさんの事、タラント様はいつも監督してらっしゃる)
「映写機にペンのセット完了。これより使った方を映します。プライバシー保護のため、映るのは公の場にいる五分のみです。では、開始いたします」
(よし、いつもの調子が出てきたわ!これでこそ、私!)
「わかったわ。始めて」
「開始いたします」
(トルトの町かあ。また岩塩の取引かな。私も仕事で使う塩を南風に当てなきゃ)
☆彡
「コンドル、元気そうで良かったわ。表情から見ても仕事も特に問題ないようね」
「部下の方の監督、いつもお疲れ様です」
(貿易会社の女社長だなんてカッコいいけど大変そう)
「監督?ミローナさん、貴女そう思ってたの?」
「え?はい、そう……ですが?」
(え、何?私変なこと言った?)
「貴女は私の曾祖母も知ってたくらいだから百歳を超えてるそうだけど、発想は何というか、子供っぽいというか、純真というか……。まあ、外見が十代だからそれでちょうどいいのかもしれないわね」
「あ、あの、部下の監督ではないのですか?」
(それではなぜタラント様は月一で魔女の映写機を使うの?)
「このお店は秘密厳守だったわよね。……うん、ホットワイン美味しい……。だから言うけど、私はコンドルに片思いをしているのよ」
「か、片思い……」
(タラント様、何でも手に入りそうなのに、片思い……)
「そうよ。とっくに分かってると思ってた。だって貴女、恋の相談所の魔法使いでしょ?私が貴女に依頼しているってことは、そう言う事よ?」
「そ、そうだったんですか……」
(恋……恋って何?だってタラント様、映写機で見る以外何も頼まなかったし)
「そこまで驚かなくても……。本当に少しも予想してなかったのね」
「い、いえ、あのですねこの店は恋愛相談主流の仕事になったのはここ二十年ほどでして……。百年の歴史のうち二割しか恋愛相談所の部分がないのです……。そ、そのためですね、わたくしも至らないことが多くて……」
(ど、どうしよぉ。言い訳して取り繕っちゃったりして……)
「ああ、そういえば、私が小さい頃は恋愛相談所とは名乗ってなかったわね。魔法道具の管理と貸し出しだったかしら。でもその頃からお守りは売ってたわよね。うふふ、懐かしいわ。貴女は銀の森の枝の眼鏡を売ってくれって女の子にたのまれたりしてたわね」
「はえ……はい、そうでした。お守り販売は百年続けてます……」
(そうか、人間と魔法使いでは時間とか歴史の感じ方が違うんだっけ……)
「まあ、とにかくこれからも頼むわね。来月の予約も入れさせて。来月のコンドルの出張は十六日だったから……。ひとまずその日をお願い」
「かしこっ、かしこまりました。あの……」
(今日は私ヘンテコになっちゃってるから名誉挽回しないと!)
「ん?何かしら」
「あの、魔女の映写機だけでいいんですか?他にもコンドルさんを振り向かせるために何かお手伝いできることはあると思いますが」
(そうよ!私は正真正銘の魔女だもん!映写機以外にもいろいろできるわ!)
「ああ、いいのよ、遠くから見るだけで。それが好きなの。恋に夢中になっちゃうと仕事に支障が出るから。私、恋より仕事の方が結局は好きなのよ」
「えっ。そんな事ってあるんですか?」
(私に相談してくる人はみんな恋愛に真剣だったのに?)
「そうねえ、あまり良い事ではないのかもしれないけど、仕事の合間に時々恋をしている気分に戻れたらそれで幸せなの。私、恋愛にはきっと不真面目に生まれついてしまったのね。でも、コンドルが出張したりして、近くにいないと心配になるのよ。別に恋人ってわけでは無いから、コンドルが何をしようと自由なのはわかってるのだけど、遠くにいるあの人が元気でいるのを見ると、安心するの。それが楽しみでこちらにお世話になっているのよ。魔女の映写機でコンドルを見ている時間は、私だけの幸せって感じがするの」
「そう……ですか……」
(きちんと恋人同士になるよりも、遠くから見てた方が良いの?未知の世界だわ)
「では、今回の料金を払うわね。先月と同じ額でよろしい?」
「……はい。2万ヴィンでございます」
(そうだった。お金貰うの忘れるところだった)
「じゃあ、お世話になったわね。楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。……あのう」
(今答えていただかなければ、この疑問の答えは来月まで持ち越しになっちゃう)
「なあに?」
「恋をすることより仕事の方が大切なのになぜ恋心が続くのでしょうか?」
(私には分からない。タラント様、教えて!)
「うーん、結局は……相手を忘れられないからかしらね」
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