(5)

 教室では、知らない人がいないくらい噂は広まっていた。

 私は近藤さんを、武田君が綿引君をそれとなく観察していたけど、特別、変化はなかった。

 失敗だったのかな。

 少しずつ心の中で、焦りが大きくなっていく。

 帰りのHRが終わる。

 近藤さんは緊張の面持ちで足早に教室を出て行く。

 私は近藤さんのあとを追いかけてしばらくすると、スマホが震える。武田君からメッセージが届いていた。

 綿引君に反応があったみたいだ。

 私は急いで武田君のもとへ向かうと、彼は口に人差し指を当てて、静かにとジェスチャーをすると顎を動かす。

 五十嵐さんが綿引君の手を引いて、人気の無い場所へ連れだって歩いているところだった。

 綿引君は「何なんだよ……」とぼやいて、ちょっと戸惑っているみたい。

 私たちはそのあとをこっそりついていく。

 五十嵐さんたちが向かったのは、空き教室。

 閉まった扉に、聞き耳をたてる。

「千瀬、こんなところに連れてきてどうしたんだよ」

「ね、ねえ、俊一郎、晴海に告白されるって噂、本当?」

「なに言って……」

「でもクラスの子たちが噂してるの。どうなの? 晴海から何か言われた?」

「千瀬、いきなりどうしたんだよ」

「教えて欲しいだけなのっ」

「告白はされてない」

「じゃあ、今からどこに行くつもりなの? 晴海と会うんじゃないのっ!?」

「部活に決まってるだろ。千瀬だってそうだろ」

「……でも、俊一郎、1人でどこかに行こうとしてたじゃん」

「どこだっていいだろ。とにかく急いでるから」

「待ってよっ」

 でも綿引君は五十嵐さんの声を無視して教室を出て行ってしまう。

 私たちは慌てて身をひそめ、遠ざかる綿引君の背中を見送った。

 武田君と視線を交わす。

「……話してみるチャンス、だよね」

「行こう」

 武田君と一緒に空き教室に入ると、五十嵐さんが弾かれるように顔を上げた。

「沢海さん、武田君まで……どうしたの?」

「ごめんなさい。揉めてるみたいで心配だったから……」

「……大丈夫だから。あたし、部活に行かないと……っ」

 五十嵐さんは早足で、私達の横をすり抜けようとする。

「待って、聞きたいことがあるのっ」

「ちょ、ちょっと……」

 私が肩を掴んだことに、五十嵐さんはびっくりしていた。

 確かに前までの私だったら、絶対にそんなことは出来なかったと思う。

 でもそれどころじゃない。

「近藤さんが、綿引君の下駄箱に入れた手紙のこと知らない?」

「し、知らない」

「……手紙が何のことか聞かないの?」

 少し意地悪な言い方になってしまった。

「知らないから。私、本当に急いでるのっ」

「おい、待てよ」

「武田君、もう大丈夫だから。……五十嵐さん、急いでるならいいよ。引き留めてごめんなさい」

 五十嵐さんは私と武田君の顔を比べるように見たが、すぐに走り去った。

「栞、なんで止めるんだ」

「手紙を盗んだのが五十嵐さんだって分かったでしょ。それで十分だよ」

「でも……」

「五十嵐さんを怖がらせても意味ないでしょ。五十嵐さんの気持ちを、明日へ向けなきゃループは終わらないんだよ?」

 武田君は、ふぅーっと息を吐き出す。

「それもそうだな……。焦りすぎた。悪い」

「大丈夫、だよ」

 私たちは空き教室を出る。

「……問題は、五十嵐さんに、今日じゃなくって明日を見てもらうにはどうしたらいいか、ってこと」

「説得するしかないんだろうけど、さっきの五十嵐さんの反応を見る限り、話を聞いてもらえるかどうか、分からないよな」

「……だね」

 でも分かってもらわなきゃ。

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