(3)
「!」
私は飛び起きた。全身に嫌な汗をかいて、心臓がどきどきしている。
「――平気か?」
え?
私は声のしたほうに目を向ける。
「た、武田君!?」
「おはよう」
私は布団を、胸元に抱き寄せた。
「お、おはよ……じゃなくって、なんでここに!?」
「待ち合わせの場所に来なかったら心配して来たんだ。そうしたらおばさんから、栞は調子が悪いから休むって言われて……」
きっとお母さんが、気を遣ってくれたんだ。
「……はじめてズル休みしちゃった」
「明日行けば、大丈夫だから」
「ごめん……なさい」
「謝ることじゃないだろ。それよりだいぶうなされてたけど平気か? 叫び声をあげたから、慌てて部屋に入ってきたんだ。ちょっと待ってくれ」
武田君は部屋を出ていくと、すぐに戻って来る。手には水の入ったグラス。
「飲めるか?」
「ありがとう」
「体調はどう?」
「……風邪とかじゃないの。なんだか朝から力がでなくって……」
水を飲む。
「こんな極限状態におかれたら、誰だってそうなる。これまで保っていたのがすごいんだ」
「武田君だって、私と同じように今日を繰り返してるけど、平気なの?」
「ああ。俺は願望世界を壊して、君を助けるために来たから……って、言っても、ぜんぜん役立たずだけど」
「そんなことないよ。私のために色々と考えてくれてるし、それに……武田君がいなかったら、私どうしたらいいか分からなくって途方に暮れてただろうし」
「……そっか。とにかく今日はゆっくり休んだ方がいい。また明日にでも、これからのことを話そう」
「待って」
腰をあげかけた武田君を呼び止める。
「リビングに行ってて。着替えてすぐに行くから。作戦会議なら、今しよう。もう大丈夫だから」
分かった、と武田君は部屋を出ていく。
少ししてから、武田君にパジャマ姿を見られてしまったと気付いて、頬が熱くなってしまった。
でもいつまでもベッドでウジウジはしていられないから、服を着替えてリビングへ向かう。
私は武田君と向き合うようにソファーに座った。
「今、分かってることを整理しよう。あくまで15回、今日を繰り返して、事故や事件にまきこまれたクラスメートはいなかった。つまり、原因は学校の中にあるんだと思う」
「そうね。そして近藤さんは違った。近藤さんと綿引君を応援したけど、今日は終わらなかった。それで、気になったことがあって……」
「何だ?」
「手紙はどうなったのかなって」
「手紙?」
「近藤さんが綿引君の下駄箱に入れた手紙。綿引君は手紙を見てなかった。だから私が校舎裏で近藤さんが待ってるって教えた。だよね?」
「でもそれはきっと、近藤さんも告白のことで一杯一杯だったから入れたと勘違いしただけの可能性もありそうだけど」
確かに近藤さんはかなり緊張していたから、そういうこともあったかもしれない。
私はそこで、美和さんたちが話してくれた内容を思い出す。
「近藤さんが綿引君が好きだってことは、みんな知ってた。知らないのは本人たちくらい……」
「え?」
「美和さんが言ってたって話をしたでしょ。つまり……誰かが、近藤さんが綿引君の下駄箱に入れた手紙を盗んだってことは、考えられない?」
「何の為に?」
「近藤さんと綿引君を付き合わせたくない。だって近藤さんが綿引君を意識してるのは、みんな知っているんだから綿引君の下駄箱に手紙を入れるのを見たとしたら、内容をある程度、予想できたはず……」
「手紙のことと今日を繰り返すこと、何か関係があるって考えてるのか?」
「……あると思う。もし手紙を盗んだ人も綿引君のことが好きなら、余計に」
「でもそれで明日が来ないで欲しいって思うか? 手紙は回収したんだし」
「手紙を盗んだ人が、2人が実は両想いだってことに気付いていたら、今日は大丈夫でも、いずれ2人は付き合うかもしれない、でしょ? 手紙を処分しても人の心を変えられるわけじゃない。今日付き合わなくても、明日は? 明後日は? 半年後、1年後は? 今度は綿引君から告白するかもしれない。憶測、だけど」
「いや、いい線いってるかもしれない。じゃあ、朝早く学校に行って、手紙を盗む現場をおさえるか」
「それは無理だと思う。近藤さん、手紙を下駄箱に入れのは昨日だって言ってたの。近藤さんも今日は早めに学校に来ただろうし、近藤さんが不審な人を見てないってことは、盗まれたのは昨日だと思う」
「とはいえ、時間を巻き戻せる訳ないしな……」
武田君は難しい顔をする。
あくまで繰り返せるのは5月12日だけ。昨日には戻れない。
どうしたら、手紙を奪った人を見つけだせるのかな。
その人が防ぎたいのは、近藤さんと綿引君が付き合うこと。
「近藤さんが告白しようとするのを、その人は出来るかぎり邪魔しようとするよね」
「だから手紙を盗んだんだろ?」
「それで、特定できないかな」
「どういう意味だ?」
「……近藤さんが綿引君に告白するかもって噂を流して、それで反応する人を探す、とか」
「いい作戦だ。でも、どうしてそんな落ち込んでるんだ?」
「……私、最低なことを考えちゃったなって。問題を解決するためとはいえ、近藤さんたちを利用するなんて……」
告白が成功した時の2人のすごく嬉しそうな顔。
緊張感と重圧から解放されて涙ぐむ近藤さんの姿はたとえ本人が記憶していなくても、私の瞼の裏にしっかりと刻まれているから。
「辛かったら、俺が代わりに……」
「ありがとう……。でも私がやる。私がやらなきゃ駄目だと思うから。明日、近藤さんに犯人の心当たりを聞いてみるっ。心当たりがあるかも」
「分かった。――じゃあ、俺はこのへんで帰るよ」
「送るよ。いつもの分かれ道まで」
「いや、いいよ。俺が勝手に押しかけただけなんだから……」
「わざわざ私のことを心配して来てくれたんだから、それくらいさせて」
私が少し強く言うと、武田君はびっくりしたように「分かった」と頷いてくれた。
外に出ると、夕日の赤さに目を細める。
「……本当に学校サボっちゃったんだ」
「ご気分は?」
「ちょっとドキドキしてる」
私は自転車を押しながら、武田君と肩を並べながら歩く。
「……謝らないといけないことがあるんだ」
しばらくすると、武田君はぽつりと言った。
「何を?」
「実は……俺が家にあげてもらったのって、おばさんにウソをついたからなんだ」
武田君は気まずそうに、私から目を反らす。
「――栞と付き合ってるって言ったらあげてくれてさ……」
「え!?」
衝撃的な一言で、顔が熱くなってしまう。熱すぎる。
「ごめん。心配だったんだ。でもただのクラスメートの男と、栞を2人きりにはしてくれないと思って……」
「お母さんはなんて言ったの?」
「すごいハイテンションで喜んで、色々と聞かれた」
色々? 何を聞いたんだろう。ううん、武田君はなんて答えたんだろう。
知りたいような、知りたくないような。
「たとえば……」
「あああ! 待って待って! 言わなくていいからっ! 明日になれば、全部リセットされてるんだしっ!」
「ま、まあ、そうだよな……。とにかくそれだけは報告しとく。ごめん」
「へ、平気……」
恥ずかしさのせいで結局、分かれ道に到着するまで私たちは無言だった。
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