(8)

 放課後。

「綿引君、ちょっといい?」

 帰りのHRが終わって部活に行こうとする綿引君を、私は呼び止めた。

 綿引君は同じサッカー部のクラスメートたちに「先行ってて」と声をかけた。

「沢海さん? どうかした?」

「今から部活だよね。ごめんね、急に呼び止めちゃって……」

「大丈夫だけど……それで?」

「……晴海が綿引君のことを呼んでたから」

「晴海が? どこ?」

「校舎裏」

「なんでそんなところにいるの?」

「それは分からないけど、伝言されたから」

「あ、うん、了解。行ってみるよ」

「お願い。絶対に行ってね」

「あ、うん」

 少し戸惑いながらも、綿引君は歩き出した。

 大丈夫かな。晴海の告白を受け入れてくれるのかな。

 願うような気持ちで、綿引君の背中を見送った。

「栞、見に行こう」

 武田君が駆け寄る。

「駄目だよ。大切な時なのに、覗き見なんて……」

「綿引が告白場所に来ても、OKされるかどうかは分からないだろ?」

「……そうだね」

「断られた時に、栞が必要になるはずだから」

「分かった」

 成功して欲しい。

 私は祈るような気持ちで、校舎裏へ急いだ。


 運動場の喧噪をよそに校舎裏に近づけば、声が聞こえてくる。

「――沢海さんから聞いたんだけど、俺に用があるんだって?」

 綿引君の声。

「え、栞から聞いたの……?」

「そうだけど……。栞なんて、いつの間に沢海さんとそんなに仲良くなったんだ?」

「ナイショ」

「なんだよそれ」

「女同士の友情だから秘密。――そっか。栞から聞いたんだね。ごめんね、わざわざこんなところに来て貰っちゃって……」

「いいんだ。で、用事って?」

「大した事じゃないの。すぐに済むから」

「学級委員の仕事のこと?」

「違う。えっとね、綿引君。わ、私……」

 がんばって!

 私は心の中で祈る。

「あなたのことが、好きなの……」

 言えた!

「……ま、マジで?」

「うん」

「何かのドッキリとか……?」

「違う。ドッキリじゃなくって、本気なの」

 2人のやりとりに、関係ない私の心臓がドキドキしてしまって、気付けば手汗がすごかった。

 うまくいって。晴海の気持ちを受け入れて。

 私は祈るような気持ちで、綿引君の返答を待つ。

「――俺も、晴海のこと、好きだよ」

「ほ、本当?」

「恥ずかしいな。俺のほうから告白できないなんて……」

「そんなことない!」

「いや、あるよ。だって、俺、入学式で初めて会った時から晴海に一目惚れしてたんだ……」

「……本当!? 全然気付かなかった……。うれしい。私も、一目ぼれだったから。あ、でも今は見た目だけじゃなくって、内面も好きだから……っ」

「俺だってそうだっ。だから……これからもよろしく」

「うん……っ」

「は、晴海? どうした?」

 晴海の肩が小刻みに震えていた。

 綿引君はびっくりしたように顔を覗き込もうとすると、晴海はさっと背中を向けた。

「俺、変なこと言った?」

 綿引君は不安そうに、晴海の両肩に手をそっと置く。

「ご、ごめん。違うの。綿引君は悪くないから。ただ、安心したの……。断られたらどうしようって、ずっと考えてたし……っ」

 晴海の声が涙で曇っていく。

 良かったぁ……。

 私は武田君の腕をそっと引き、私たちは連れだってその場を離れた。

「うまくいって良かった」

「これで万事解決、だな」

 私たちは一緒に帰り、分かれ道までやってくる。

 これでいよいよ、武田君ともお別れ。

 寂しいと思ったけど、それは口にしてはいけないような気がした。

 武田君を困らせてしまうだけだろうから。

 だから、私は普通のお別れをする。

「武田君、ありがとう。武田君のおかげで、私、変われたような気がする」

「俺は何もしてない。栞が自分を変えたいと思ったから、変わったんだ」

「それでも、ありがとう。あなたと会えて良かった……」

「な、栞」

 武田君を見上げると、彼の目が泳ぐ。

 どうしたんだろう。

 武田君の反応に、私は首を傾げた。

「……いや、何でもない。それじゃ、俺こっちだから」

「さようなら、武田君」

「それじゃ」

 私は、武田君の遠ざかる背中を、いつまでも見つめていた。

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