(7)

 お昼の時間を迎える。

 今日も、工藤さんと清水さんのケンカの仲裁はしっかりしておいた。

「沢海さんっ」

 声をかけられそちらを見ると、近藤さんだ。

「一緒にお昼たべない? 話したいこともあるし」

 近藤さんと私が一緒にお昼を食べることが珍しいのか、クラスメートの視線が私たちに集まるけど、近藤さんは気にしてる様子じゃない。むしろ私のほうがすごく意識してしまう。

「……うん」

 私たちは中庭へ行くことにした。

「いつもここで食べてるから」

「そうなんだ。いい場所ね」

「お気に入りの場所なの。ね、近藤さん……」

「晴海、でいいよ。同級生なんだから」

「……じゃあ、私のことも、名前で」

「栞」

「うんっ」

 名前で呼ばれるとやっぱり照れてしまうけど、すごく嬉しい。

 しばらくお弁当を囲みながら、他愛のない話をした。

 先生のことだったり、授業のことだったり、休みの日に何をしてるか、とか。

「……ね、武田君とは、デートってもうした?」

「え、あ、うん……」

 声が上擦ってしまう。

「恋人同士ってマンガでしか知らないけど、やっぱり楽しい?」

「……うん」

「そうなんだっ。そうだよね。好きな人と一緒にいるんだもんねっ」

 普段はすごくしっかりしてて真面目な晴海だけど、恋の話になるとやっぱり年相応で、好奇心に目が輝かせていた。

「じゃ、じゃあ、もう……した?」

 晴海はモジモジする。

 した? 何をだろう。

「したって……何を?」

 晴海は頬を赤らめながら、私を上目遣いに見て来る。

「……き、きす」

「!?」

 私まで恥ずかしくなって、俯いてしまう。耳も頬も、首筋も全部が熱い。

「ご、ごめんね。変なこと聞いちゃって……」

「う、ううん……」

 私は曖昧に頷くことしかできない。

 そのとき。

「――栞、今、ちょっといいか?」

「きゃっ!」

 背後からいきなり声をかけられ、私たちはびっくりして立ち上がってしまう。その拍子に、カラになったお弁当が膝から落ちてしまう。

「悪いっ」

 武田君がお弁当箱を拾ってくれた。

「あ、ありがとう……」

「も、もう、驚かさないでよ、武田君」

 晴海が武田君に抗議する。

「悪い……」

「それで? どうしたの?」

「栞に、大事な話があるんだけど」

「そうなんだ……。分かった。それじゃ私はこれで」

 がんばって。晴海は口だけを動かして、足早に校舎に入っていった。

 武田君を見ると、さっきの会話のせいか、思わず唇を見てしまう。

「栞、平気か?」

「だ、大丈夫?」

「顔が赤いけど……」

「へ、平気だからっ!」

「そ、そうか。了解」

 私ってば、何を考えてるんだろう!

 落ち着かないと。私は一生懸命別のことを考えて、高鳴る心臓をどうにかこうにか鎮め、ようやく落ち着けた。

「……それで、大事な話って何?」

「綿引なんだけど、手紙を読んでないみたいなんだ」

「? 手紙?」

「近藤さんが書いた手紙」

「えっ、本当にっ?」

「本当。それとなく話を振ってみたけど、ぜんぜんそれらしい反応が返ってこないんだ」

「ひやかされると思って、誤魔化してるんじゃないの?」

「それでも反応は出るはず。目が泳ぐとか、挙動不審になったり、口ごもったり。そういうのがないのは、かえっておかしい。だから綿引は手紙を読んでないんだと思う」

「でも晴海は手紙をちゃんと綿引君が見るかどうかが気になったから下駄箱にいたんでしょ?」

「そうなんだよなあ。でも俺もそれとなく見てたけど、下駄箱には手紙がなかったんだ」

「それじゃあ……仮に手紙を読んでなかったとしたら」

「手紙の内容にもよるだろうけど、告白場所には来ないかもな」

「そんな……」

「だから、近藤さんに手紙の内容を聞いてくれるか? 内容によっては手が打てるかもしれないし」

「そんな大切なこと、教えてくれるかな」

「今日の様子を見れば、教えてくれると思う。晴海って名前呼びしてるくらいなんだし、関係性は築けたんだな」

「! そ、そうだね」


 武田君と話を終えるとすぐに教室に戻った私は、近藤さんに声をかける。

「晴海、ちょっといい? 2人きりで話がしたいんだけど」

「分かった」

 私たちは廊下に出ると人気のない場所に移動する。

 晴海がにこにこしながら、私を見つめてきた。

「さっきの武田君の話って何だったの? デートのお誘い?」

「ち、違うよ。違う」

「なーんだ」

 晴海のがっかりした反応に、あはは、と私は苦笑いしてしまう。

「それで話って何?」

「今朝なんだけど、綿引君が近藤さんの手紙を読んだところって見た?」

「!」

 晴海の顔が耳まで桜色に染まっていくと、目を反らし、小さく首を横に振った。

「見てないの?」

「うん……。綿引君が下駄箱に来るって思ったら恥ずかし過ぎて、途中で逃げちゃった……」

 近藤さんにそんな臆病なところがあったなんてびっくり。

「じゃあ、綿引君が手紙を読むところを見てないんだ」

「う、うん……。朝早くから待ってたのに何してるんだろってカンジだよね。あははは……」

 私は小さく咳払いをする。

「晴海の気持ち、分かるよ。逃げちゃうのも含めて。それで聞きたいことがあるんだけど」

「? 何?」

「手紙には何て書いたの?」

「えっ!」

「こんなこと聞いちゃって、ごめんなさいっ。どんな内容なのかなって聞きたくって……」

「……恥ずかしいけど、いいよ。教えて上げる。私も、栞に色々聞いちゃってるし」

「告白?」

「違うっ。本当は書いたほうがいいかなとは思ったんだけど、万が一、誰かに

見られたら恥ずかし過ぎるって思ってやめたの……。手紙には結局、放課後に校舎裏に来て欲しいってだけ書いたの」

 晴海が泣きはらした顔をしていたのは、綿引君が待ち合わせの場所に来なかったから。 告白をするチャンスもなかったのを、悲しんだせいだ……。

「栞? 大丈夫?」

 呼びかけられて、はっと我に返った。

「大丈夫。がんばってね。応援してるからっ」

「あ、ありがとう」

 晴海は嬉しそうに、はにかんだ。

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