(5)

 帰りのHRが終わって、武田君に話しかけるタイミングを計っていると、

「栞、ちょっといいか?」

 武田君のほうから声をかけてくれた。

「私も話したいことが……」

 私たちが連れだって教室を出ようとしたその時、

「今、武田君、沢海さんのこと栞って呼び捨てにしたよねっ!?」

 クラスの女子の1人が、興奮したように叫んだ。

 私たちに、クラスメート全員の視線が集まった。

「!」

「2人って呼び捨てしあう仲だったの!?」

「……わ、私は呼び捨て、してないけど……」

 そんな私の精一杯の抗議なんて無視される。

「2人って知り合いなの?」

「うん。俺たち、子どもの頃からの幼馴染なんだ」

 幼馴染!?

 女子達がキャー!と黄色い声をあげた。

「幼馴染とかマンガみたいっ」

「沢海さん、なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

「あ、それは……」

「実は、栞も俺のことを忘れてたんだ。会ったのは、だいぶ前のことだったし」

「久しぶりの再会だったんだ!」

 どうしてそんな口から出任せをさらりと言えるんだろう。

「そう」

 キャー! 女子たちはさらにはしゃぐ。

 もう私は何も言えず、顔を真っ赤にして俯くしかない。

「だから、ちょっと2人きりにして欲しいんだ。昔の思い出話をしたいし。さ、栞、行こう」

 武田君は悪ノリしてるのか、私の背中をそっと押して、廊下に出るよう促す。

 クラスメートたちはわざわざ教室から顔を出してまで、私たちのことを見つめる。

 視線が痛くて、猫背になってしまう。

「た、武田君っ」

 しばらく歩いてから、私は声を上げた。

「なんだ?」

 武田君は何てことはないように答えた。

「なんだって、今の話。どうしてあんなウソを……」

「名前で呼ぶ理由が必要だろ」

「それはそうだけど……でも……」

「別に恋人って言ったわけじゃないんだから、いいだろ?」

 こ、恋人……。

 心臓がびっくりしたみたいに跳ねてしまう。

 でも確かに幼馴染と言われただけだから、そこまで怒るようなこともないんだろうけど、なんだか納得いかない。

「事前に言ってくれれば良かったのに」

 不意打ちだよ、と私は思わず唇を尖らせてしまう。

「じゃあ、明日以降、さっきみたいに聞かれたら、幼馴染でいこう」

「……分かった」

 私たちは屋上へ到着すると、しばらく風景を眺める。

「それにしても、昼休み、楽しかったみたいで良かった」

「え?」

「工藤さんたちと笑いながら戻ってきただろ」

「そうだね……。名前で呼んでもいいって言ってくれて……」

「そっか、残念だな。せっかくそこまで仲良くなれても、今日中に問題を解決しなきゃ関係性がリセットされる」

「あ……」

 晴れやかだった気持ちはあっという間に曇ってしまう。

 楽しくって、つい忘れてた。

 今日、名前で呼び合っても、明日にはその関係性、お昼に話したことも含めてリセットされてしまう。

「悪い……。余計なこと言ったみたいで」

「だ、大丈夫……。1度関係性が作れたんだから、また明日も同じように接すればいいんだから」

「そうだな」

 空気を変えるように、武田君は咳払いをする。

「それで、栞も俺に話したいことがあったみたいだけど」

「うん。近藤さんが綿引君のことが好きなんだって」

「そうなのか」

「朝、近藤さんが玄関にいたんだけど、どうしてそんなことをしてるんだろうってすごく不思議だったんだけど、部活から戻ってくる綿引君を待ってたのなら納得がいくし。それだけと言えばそれだけ、なんだけど……」

「……近藤さんはわざわざ綿引のことを玄関で待って、どうするつもりだったんだろうな」

「話す以外にあるの?」

「ただ話をするだけだったら、教室で待っててもいいはずだ」

「そっか……。何かを見たかった、とか?」

「下駄箱で見られること……。近藤さんは綿引のことが好き……」

 武田君はぶつぶつと呟く。

「あ」

 私は思わず声を漏らした。

「何か思いついたか?」

「……ラブレターを下駄箱に入れてたんじゃないかな。だから、手紙を綿引君が取るのを確認したかったのかも」

「あるかもな。だとすると……近藤さんがループの原因かもな。告白を断られて、それで明日が来るのが怖くなった」

「もしそうだとしたら、どうすればいいの? 2人を無理矢理くっつけるなんて、さすがに無理なんじゃないかな……。だって、1日で人の心は変えられないし」

 ケンカなら原因を解決すれば、仲直りさせられる。

 でも告白を受け入れるようにするなんて、魔法でも使わない限り難しいと思う。

「仮に断るにしても出来る限り、マイルドに断ってもらうとか、かな」

「それで、大丈夫……?」

「分からない」

「えー……」

「とにかく、明日だ。明日の朝、近藤さんに接触してみよう。栞、安心して。俺も一緒に行くから。栞の家にまで迎えに行くから」

「ふえ!?」

「……すごい声、だな」

 武田君は苦笑いする。

「~~~~~っ!」

 私は俯いてしまう。

「ま、とにかく明日、迎えに行くから。一緒に登校して、近藤さんに接触しよう」

「接触して、どうするの?」

「回りくどい言い方をするのは変な誤解を生むかもしれないし、ラブレターに関してストレートに聞く」

「……だ、大丈夫、かな」

「駄目なら、別の方法を試せばいい」

「そうだね」

 と、武田君からじっと見つめられてドキッとする。

「な、何?」

「栞、いい表情になったなって。偉そうな言い方だけど。昨日まではなかなか目を合わせてくれなかったし」

「これも……武田君のおかげ」

「俺の?」

「私が変われば世界が変わるって言ってくれたでしょ。武田君の言う通りだったから」

「そっか。なら良かった。じゃ、帰ろう」

「うん」

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