(3)
私は自分の席に座りながら、クラスを見回してみる。
当たり前だけど、みんな楽しそうに話をしていた。
私が少し前の席を見ると、女子サッカー部の五十嵐さんと、吉井さんが楽しそうに話をしている。
でも五十嵐さんが一方的に話しているだけで、吉井さんはにこにこしながら相づちを打って、会話を促すように時々、一言はさんだりしていた。
本当だ。武田君の言うとおりだ。
五十嵐さんたちだけじゃない。
他のクラスメートにも相づちを打つだけの人は結構いた。それでも会話は盛り上がっている。
今まで全然気付かなかった……。
少しして先生が来て、武田君を転校生として紹介する。
私は武田君に小さく手を降る。
武田君は少し口元を緩めてくれた。
そして武田君が私の隣の席に座ると、
「やっぱり前髪は分けた方が似合ってるな」
そう囁くように言ってくれた。
「!」
私は頬を赤らめ、俯いた。
今まで何度も今日を繰り返しているのに、これまでの今日とぜんぜん違う。
こんな晴れやかな今日は初めて。
これも、武田君のおかげ。
1時間目の休み時間に、ケンカになりかけた工藤さんと清水さんの仲裁をした。
でも今回はそれで終わりにはできない。
「沢海さん、本当にありがとう。危うく犯人にされるところだったよ」
清水さんはすごく喜んでくれた。
「それなら良かった」
「ほーんと、がさつな男子は困るよねっ」
工藤さんは腕を組んで、唇をとがらせた。
「ちょっとちょっと。美和だって、私の言うこと無視して犯人扱いしたじゃん」
「ごめんってば。それは、言わないでよー」
「あはは、じょーだん」
「もー。冗談きついよ。――ね、沢海さん。ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「武田君と何か話した?」
「まあ、軽く挨拶くらいは……」
「女子たちによるとさぁ、武田君、なかなか自分のこと教えてくれないんだって。沢海さんだったら席が隣だから、色々と話せるんじゃないかなって思って」
武田君をちらっと見る。
武田君を利用するみたいで申し訳ないけど、今はクラスの人たちと打ち解けるのが先決。
後で、ちゃんと武田君に了解をとらなきゃ。
「……なにか聞いて欲しいこととか、ある?」
「え、聞いてくれるの!?」
工藤さんと清水さんは目を輝かせた。
「私に教えてくれるかどうかは、分からないけど」
「えー、どうしよーっ」
工藤さんと清水さんはニコニコしながら顔を見合わせる。
「……好きな食べ物、とか?」
「趣味とか、どこに住んでるのとか……好きな人がいるとか!」
さすがに住所や好きな人のこととかは駄目だろうけど、それ以外は何とかなりそう。
「分かった。聞いてみるね」
「じゃあさ、お昼、一緒にお弁当たべようよ。その時に教えてよ」
「分かった」
工藤さんと清水さんは、「じゃ、お昼にっ」と嬉しそうな顔で言ってくれた。
学校で誰かとお昼を一緒にとるなんて、はじめて。
そろそろ次の授業がはじまりそうなので、席に戻る。
「……自然に話せてたな」
武田君から褒められると嬉しくって、口元がついつい緩んじゃう。
「……うん」
「2人は何だって?」
「えっと、お昼、一緒に食べないかって誘われて……」
「へえ。良かったじゃん」
「それで、ね。条件があって」
「俺のことを教えてくれって?」
「! どうして分かったの? 聞き耳をたててたの?」
「それくらい予想はつくさ。それで、どんなことを聞いて欲しいって?」
「好きな食べ物とか、趣味とか、そういうことだけ。だから……教えられる範囲内で……」
武田君の肩ごしに、工藤さんたちの視線を意識してしまう。
2人はしきりに私のことを見ている。
「隠すようなことじゃないからな。趣味は読書で、好きな食べ物は出店の焼きそば。こんなんでいい……わけじゃないよな。それなりのネタは必要だろうし」
「む、無理はしなくても……」
「いや、これはクラスの情報を得る絶好の機会だし、どうせ今日が終われば、みんなの記憶はリセットされるんだ。――好きな子はいる」
「だ、誰?」
思わず身を乗り出して聞いてしまい、私は顔を真っ赤にして俯く。
でも好きな人、いるんだ。いるよね。
大人びてる武田君は、どんな人を好きになるんだろう。
お仕事をしてるわけだから、相手は一緒に働いてる大人の人だったりするのかな。
考えただけなのに、不思議と胸の奥が苦しくなってしまう。
「昔会った子」
「昔?」
「小学校4年の時に、偶然出会ったんだ」
「その子のことが今でも……?」
「……ああ。すごく勇敢な子で……」
「そうなんだ……。そんな大切なこと、教えてくれてありがとう」
その子、どんな人なんだろう。
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