(2)


 私はドキドキしながら登校する。

 駐輪場に自転車を駐めて校舎に向かうと、ますます緊張感が高まった。

 まず1番最初に会うのが、近藤さん。

 近藤さんは、玄関で一体何をしているんだろう。

「っ」

 近藤さんと目があった。

 いつもの私ならそれだけで俯いていたと思う。実際、俯きかけたけど、武田君の言葉を思い出して顔を上げる。

 ――おはよう、沢海さん。

 ――おはよう、近藤さん。

 上履きに履き替えながら、私は頭の中で挨拶のイメージトレーニングをすると、近藤さんを見る。

「近藤さん、お、おはよ……」

 まさか私から話しかけられると思っていなかったのか、近藤さんはびっくりしたような顔をする。

 近藤さんの目を見ながら、挨拶できた。

「おはよう」

 近藤さんはちょっとびっくりした後、笑顔を見せながらあいさつを返してくれる。

 当たり前のことなのに、とても嬉しかった。

 私は満足感を覚えながら下駄箱から離れかけ、しばらく迷ってから振り返る。

 近藤さんは心なしそわそわしているみたい。

「近藤さん」

「何?」

「……ど、どうかしたの? 教室に、行かないの?」

「教室? あ、う、うん……そうだね……えっと、人を待ってるから……」

「そうなんだ。それじゃ、また教室で」

「あ、待って、近藤さん。髪型、かえたんだね。似合ってるよ?」

「…ありがとう」

 私は胸の奧がくすぐったくなるのを意識しながら下駄箱を離れて、しばらく歩いてから、柱に背中をもたれた。

 心臓がドキドキする。

 大きく深呼吸を繰り返す。

 自然に話せたと思う……。近藤さんも普通に答えてくれたし。

 鼓動が落ち着くのを待ってから図書室に向かえば、いつもの光景がそこにはある。

 本の整理をしている図書委員の人、そして積み上げられた本。

 これまでの私から変わらなきゃ。

 そういう気持ちで、私は図書委員の人に近づく。

「何ですか……?」

「本、崩れそうになってるので」

 私は不安定に積まれている本の山を2つに分ける。

「ありがとうございます」

「も、もし良かったら……手伝いましょうか?」

「でもお忙しいんじゃ……」

「暇なので……」

「それじゃあ、お願いできますか?」

 私は2つに分けた山のうちの1つを抱えると、棚へ戻していく。

 と、図書委員の人が手を止めて、とある本に目を落としていることに気付く。

「……どうしたんですか?」

 おそるおそるたずねると、図書委員の人ははっとした顔になる。

「あ、これ……。小学校の時に読んでて。懐かしいなって思って……」

 本の題名は、宝島。海外の翻訳小説。

 少年が海賊たちを相手に、宝物を手に入れるために競い合うというストーリー。

「私も大好きです、それ。すごくワワクして……。海賊はちょっと怖かったですけど」

「ふふ、分かります」

 図書委員の人が笑うところをはじめて見た。もう何度も今日を繰り返してるのに。

 これも、私が行動したから?

 その時、HRを知らせるチャイムが鳴った。

「もう時間ですね」

「手伝っていただいてありがとうございます。教室に戻って下さい」

「でも」

「もうすぐ終わるので、最後までやっていきますから」

「分かりました。――お仕事中なのに、話しかけちゃってごめんなさい」

「いいえ。楽しかったです。あの、また良かったら、本の話をしませんか……?」

「はい、是非っ」

 私は頭を下げて図書室を出た。

 教室に帰る道すがら、私は胸の温かさを感じていた。

 こんな風に何気なく会話することが楽しかったなんて、知らなかった。

「……自分から動いたら、世界は変わる」

 私は、武田君から言われた言葉を、口の中で呟いた。

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