(4)
家に向かう間も武田君が話してくれて、私は相づちをうつばかり。
私も何か話さなきゃと思いながらも、結局、焦るばかりで言葉がでなかった。
それが申し訳なくって自然と俯きそうになって、
「顔をあげたほうがいい」
武田君にやんわりと言われる。
「あ……うん」
「それから、前髪も上げた方がいいぞ」
「ま、前髪……?」
「目を隠しちゃってる。話す時は相手の目を見たほうがいい」
たしかに目が隠れるような髪型にしているのは、人と目を合わせるのが苦手だから。
小学生の時に先生に注意されて、一時は別の髪型にしたこともあったけど、結局、戻してしまった。
「……こ、こう?」
私は恐る恐る前髪を左右に分けると、視界が一気に広がる。
「~~~~~っ!」
は、恥ずかしい……。
私は前髪を下ろしたくなる気持ちをこらえながら、武田君を見つめた。
「目が見えたほうがいい。そっちの方が栞には似合ってるし」
武田君は微笑みながらそう言ってくれた。
「……あ。ありがと」
私は小さな声でお礼を言うのがやっとだった。
しばらく歩くと、マンションが見えてくる。
オートロックの扉を開けるとエレベーターに乗り込んで5階へ上がり、廊下の突き当たりの部屋の鍵を開ける。
「どうぞ」
「お邪魔します」
武田君にリビングのソファーを勧める。
「飲み物は何がいい? ジュースかお茶、コーヒーに紅茶……」
「お構いなく」
私はリンゴジュースをグラスに注ぎ、それを出す。
「ありがとう」
私たちはソファーに向かい会うように座った。
緊張で表情が強張ってしまう。
「そんな緊張しなくても大丈夫。特別なことをするわけじゃないから。――それで、どうして他の人とは俺みたいに話せない?」
「え?」
「だって、俺とはなんだかんだ自然に話してくれるし」
「それは……この不思議な世界の問題を解決できるのを手伝ってくれてるし。私、ぜんぜん自然に話せてない。ここに来るまでだって……」
ここに来るまでに道中のことを思い出してしまう。
私は俯きそうになるのを自覚して、上目遣いに武田君を見る。
「ここに来る間、武田君にばっかり話をさせて、私は相づちをうつだけで……」
「それを気にしてたから、ちょっと表情が暗くなってたのか」
「っ!」
ばれてたんだ。それが恥ずかしく、頬が熱くなってしまう。
「そんなことは気にする必要ないんだ」
「でも、私と話をするの、つまらないよね?」
「そんなことない。無理したあげく、会話ができなくなったら元も子もないだろ。喋らなきゃって思い過ぎると、かえってうまく話せないから」
「……うまくいくかな」
「教室をよく見たほうがいい。話をするばっかりの人じゃないよ。むしろ、お互いに話したいっていう人同士じゃ、盛り上がらない。聞き上手って言葉があるだろ?」
「う、うん」
「うまく相づちを打って、相手が話しやすい雰囲気を作ることだって大切なことだ。とにかく教室を一度まっさらな気持ちで見てみたら、分かることもあると思う」
「……分かった」
でもずっと相づちばっかりで黙ってても話ができないし、どうしたらいいんだろう。
「――相づちばっかりだけじゃなくって、自分のことを話すのも方法の1つだと思う。自分のことを話せば、相手も自分のことを話してくれる」
「え……。今、私の心、読んだの?」
「まさか。そういう顔をしてたから」
武田君が笑う。
「っ!」
大人びて見えた彼だけど笑顔は年相応で、ドキッとしてしまう。
「じゃあ、会話の練習をしよう」
「どうぞっ」
「肩の力を抜いて。ただの世間話なんだから。――それじゃあ、栞。好きな食べ物はあるか?」
「オムライス……かな。お母さんが作ってくれるやつ。武田君の好きな食べ物は?」
「屋台の焼きそば」
「屋台? お祭りの?」
「そ。焼きそばそのものはそこまで好きってわけじゃないけど、出店の雰囲気の中で食べる焼きそばが最高なんだ」
「……気持ち、分かるかも」
「本当?」
「う、うん。お好み焼きとかフランクフルトとか……普段は食べないものを、つい買っちゃったりするし……」
「そうそう。お祭って不思議な魅力があるからな」
「…………っ」
話を続けなきゃ。そう思うのに、次にどんな話をしたらいいのか、分からない。
「栞、落ち着いて。深呼吸して」
「うん」
言われた通り、すぅはぁ、すぅはぁ、と私は大きく呼吸する。
「落ち着いたか?」
「だ、大丈夫……。でも、ごめん。ぜんぜんうまく出来なくって」
「焦らなくていい。すぐにうまく話せるはずがないんだからさ」
「こういう時、どうしたらいいのかな?」
「世間話なんだから、もし話すことがなかったら、適当に切り上げて終わらせればいい。無理に続ける必要がない」
「え……。変に思われない、かな」
「大半の人たちはそこまで真剣に話したりしてないから」
「難しい、ね。……明日はうまく話せるようになるのかな」
「そのうちに。とにかく明日、話してみよう。うまく話せなかったらまた、練習すればいい。クラスで話しやすそうな人はいるか?」
「いつも、学級委員長の近藤さんは挨拶したり、声をかけたりしてくれるけど……」
「そのついでに話せばいいんだ。他にも工藤さんと清水さんのケンカを仲裁した時にも」
自然に話せそうな気もするし、つっかえてしまいそうな気もする。
でも武田君がこうして練習に付き合ってくれたんだ。
とにかく明日、頑張ってみよう。
武田君の言うとおり、失敗しても1日経てばみんな忘れるんだし。
「じゃあ、俺はそろそろ帰る」
「今日はありがとう」
私は玄関まで送る。
「それじゃ、また明日」
「また明日」
私は小さく右手を振って、武田君を見送った。
と、帰りかけた武田君が振り返る。
「? 忘れ物?」
「覚えていて欲しいことがあるんだ。――自分から動けば、世界は変わる」
「どういう……意味?」
「やってみれば分かる」
扉を閉める。
「自分から動けば、世界は変わる……」
呟いてみるけど、よく分からなかった。
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