042 勢いを殺せ、そして殺せ
翌朝、俺たちは身支度をするとヤマバシリの巣があると思しき場所へ向かった。
人を埋めた小山あるいは
「そろそろです。静かに進みましょう」
サゴさんが低い声でささやく。
小山が見えた。あのときは3つであった小山だが、今ではもう1つ増えている。ただし、古い方の小山はすでに崩れ始めてきている。あらかた「エサ」を取り出したのだろう。
新しくできた小山には俺たちが助けられなかったサエグサが埋められているはずだ。
先日は気づかなかったが、近くに巣らしきものも見える。
ヤマバシリは小山からヒナに与えるエサを取り出し、ヒナに与えている最中だった。
ナナちゃんがうめき声をもらしかける。サチさんがそっと肩を抱き、口に手を当てて押し留める。俺も必死に吐き気をこらえる。
ヤマバシリの行動は見るに耐えないものであったが、相手の姿が見えているのはまたとない幸運だ。またヤツの注意がヒナに向かっているのも俺たちにとっては幸運だ。初遭遇は不運だったが、ここにきて幸不幸の帳尻があってきているのかもしれない。
「ロープ、そこの間にお願いします」
俺は2本の木を指さしながらサチさんに指示をだす。同時にチュウジに目配せをすると、奴は猿のように木にするすると登っていく。
〈意外な特技があるもんだな〉
右手に盾を持った俺は右側、両手に盾を持ったミカは左側、真ん中にサゴさんがスタンバイする。
サゴさんは地面に槍を置くと、弓に矢をつがえる。
ロープを張るのも終わったようだ。サチさんとナナちゃんに手をふって、後方へ下がるように指示する。
俺のみぞおちあたりの高さに張られたロープ。これは俺たちの盾であり、相手の動きをコントロールする武器でもある。
超接近戦でどれほどの役にたつかわからないが、
「サゴさん、お願いします」
サゴさんはうなずくと、弓の
矢を射る。
ヒュンと音を立てて飛んでいった矢が巣に突き刺さる。
外れた。でも、構わない。
こいつの注意が引ければ、それで良いんだ。
ヤマバシリがぎろりとこちらを向く。大きな頭に不釣り合いな小さな黒い目が俺たちの姿をとらえる。
「声出せっ!」
「おぉぉぉぉー」「わぁぁぁぁー」
俺の合図でミカとサゴさんが大きな声を出して、ヤマバシリを威嚇する。
俺も負けじと叫ぶ。
「クソドリっ、てめぇの相方は美味しくいただいたぞ。お前も焼き鳥にして食ってやるっ!」
「ギェー」
ヤマバシリは
ロープを見つけると、大きく飛び上がる。
罠で簡単に止められるとは思っていない。こうなることは想定済みだ。
巨体と退化した翼、上に飛んだら滑空すら出来ないだろう。落ちてくるだけ。
ヤツの動く方向はコントロールできた。
「上だ!」
ミカと俺は盾を上にかかげ、サゴさんも槍を上に向ける。ものすごい衝撃が盾を通じて伝わってくる。
俺とミカは尻もちをついて倒れてしまうが、サゴさんは無事だ。
上から降ってきたヤマバシリのモモをサゴさんの槍が貫く。
ヤツの体重と重力が槍の穂先をぐっと体の中に押し込む。
槍は折れてしまったみたいだが、突進は止まった。
俺は態勢を立て直すと、円盾を捨てて、突進。
両手で戦斧を振り下ろす。
ヤツ自身の血で輝くチョコレート色の羽毛がさらに光る。
その場で絶叫するヤマバシリに対して、上から
チュウジの体重は大したことがないだろうが、重力を味方にすれば話は別だ。
ヤマバシリの首筋にドスッと小剣が突き刺さる。
チュウジは片手でその小剣にしがみつきながら、もう片方の手で首根っこに抱きついて叫ぶ。
「闇の女神に抱かれて眠れっ!
相変わらずの中2病的な台詞で決めているつもりらしいが、チュウジよ、お前が今スキルを使っているであろう手は
緊迫した状況でアホな掛け声かけるなといつか注意してやらないと。ヤマバシリの目を見つめ叫びながらも、心のどこかでツッコミをいれるもう1人の俺が必死に叫んでいる。
さすがに巨体の野生生物だとチュウジのスキルをもってしてもすぐに沈黙することはない。
槍が突き刺さり、チュウジに力を奪われながらもヤマバシリは暴れまわる。
クチバシがミカの盾を激しく叩く。
鉤爪がサゴさんの腰をかすめる。
俺は戦斧を振りかぶって、ヤマバシリの胸に一撃叩き込んで、叫ぶ。
「ヒャッハー!」
ヤマバシリに突き刺さった槍を捨てたサゴさんが俺に続き、手斧をぶんぶんと振り回す。
「新鮮な肉だぁー!」
この場面だけ切り取ったら、どう見ても俺たちのほうが悪役だ。
そのうえ、サゴさんは凄まじいセリフを吐くと、ヤマバシリの体に頭突きをして至近距離から酸を吐いた。
彼自身が酸で傷つくことがないという
「このっ!このっ!」
メイスを取り出したミカもヤマバシリをぼかぼかと殴りつけている。
メイスは刃物ではなく、血を流すことがない。それゆえ僧侶も装備できる。
ゲームでよく見かけるこの設定はありえないよな。ミカがメイスで殴りつけたところは全て肉が裂け、血が流れてヤマバシリの羽を赤黒く染めている。
ヤマバシリの上ではいつの間にかチュウジが鎖分銅を取り出して、ヤマバシリの太い首を締めている。暴れ馬を強引に乗りこなそうとしているかのようだ。
俺は両手で戦斧を振るう。
ヤマバシリの羽毛を散らし、肉を割く。
戦斧の
肩を使って大きく振り上げ、ヤツのつま先に切り込みを入れる。
鋭い爪を生やした鉤爪が戦斧に飛ばされてどこかへ消える。
ヤマバシリが鳴く。
クチバシに戦斧を叩きつける。
ヤマバシリの目を奴自身の血がふさぐ。
俺はひたすら戦斧を振るう。
俺だけではない。
皆、返り血を浴びながら、殴り続ける。
メイスの一撃で羽が飛び散り、肉が割れる。
手斧が退化した翼をさらに小さくする。
ヤマバシリの背中から飛び降りたチュウジが小剣を腰だめに構えて突進する。
小剣の刃は羽毛の中に消えていく。
ヤマバシリの鳴き声は少しずつ悲痛なものへと変わっていき、沈黙した。
俺たちはヤツが沈黙してもそれに気が付かず、しばらく殴り続けていた。
勝った。
誰も後ろに下げず、誰も大きな怪我をせず勝ったんだ。
命を殺める感覚にはいまだ慣れることができない。
でも、その感覚は生き残ったという喜びに打ち消された。
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