041 にわにはにわにわとりが

 「さて、1羽は狩りましたが、山にはもう1羽います」

 翌日、洞窟の中でサゴさんがみんなに話し始めた。

 1羽倒してほっとしているし、食料にも恵まれたが、いまだよろしくない状況なのは変わらない。


 「こちらにとって好都合なことは挟み撃ちの心配がなくなったこと。奇襲の心配もほぼ消えたことです」

 ヤマバシリがつがいで行動するのはかわりばんこで巣の番をするためだ。

 1羽が帰ってこない以上、もう1羽はヒナが飢えるような事態にでもならない限り、あの小山のあたりから大きく動かないはずだ。そして、あいつらは数日前に人を1人仕留めたばかりである……。


 「じゃあ、もしかしたら、ヤマバシリを避けて、別ルートで脱出できるってことかな?」

 ミカが投げかけた疑問にたいしてサゴさんが申し訳無さそうに答える。

 「脱出は可能です。しかし、脱出すると、依頼は失敗になります。生きて帰ることができても生活することは難しくなります……」

 「となると、もう1羽を倒すしかないということだな、サゴ殿」

 「あと1羽なら、力技でなんとかなるか? いや、ならないか。なんにせよ状況と戦術を確認しないといけないな」


 というわけで自分たちの状況を確認してみた。

 一応、身体的には全員無傷(ただし、俺は後頭部の毛髪をだいぶ失っている)。

 これはサチさん様々である。


 武器は皆持っている。

 サゴさんが槍と弓、矢は5本、チュウジは小剣と鎖分銅、ミカはメイス、俺は戦斧と手斧。

 他には全員が訓練所でもらった大きなナイフというか片刃の短剣を持っている。

 うん、武器は問題ない。


 問題は防具だ。

 チュウジの鎧は胸のところがべこべこになっており、穴まで開いている。下に着込んだ鎧下も大きく破損している。最初の遭遇戦でヤマバシリに吹っ飛ばされたときのものだ。

 ミカの新調した大盾は大穴で暴れるヤマバシリを押さえたせいでぼろぼろだ。またサゴさんのブレスも多少かかったので、表面の革もところどころ破損している。

 サゴさんは無傷。

 逃げる途中に背中と頭をやられた俺は前面に関しては無傷。背中に穴が開いている(ついでに頭を保護する貴重な毛髪をだいぶ失っている)。

 〈新選組だったら士道不覚悟で切腹ものだわ〉

 ただ、背中を見せなければ、まだなんとかなるかもしれない。

 士道不覚悟執行猶予中といったところか。


 「防具を考えると、チュウジは前に出せないな。ゴブリンと戦ったときのやり方だと基本的にミカさんと俺で相手を受け止める。横からチュウジとサゴさんが攻撃するという感じだったけど……」

 「この盾、まだ使えるから、あたし、前に出られるよ」

 「いや、ゴブリンだったらともかく、あのクソ鳥の攻撃を壊れかけの盾で受け止めるのは……」

 「でも、それだとシカタくんだけで受け止めることになっちゃうでしょ」

 

 解決策はチュウジが提案してくれた。

 「我が円盾ラウンドシールドを貸そう。シカタの言う通り、この鎧で我は前に出られぬ。ただ、この円盾はミカ殿のものより小さい……」

 チュウジの提案は二刀流ならぬ二盾流で相手を受け止めてはどうかというものだった。

 「なんにせよ、ヤマバシリの突進はちょっとやそっとで受け止められないですからね。それが良いかもしれません」

 サゴさんも賛意を示す。

 「じゃあ、ありがたく借りるね。壊しちゃったら……」

 「大丈夫だ。シカタに弁償させれば良いだけよ」

 俺は、ははと笑って軽く流す。

 「そうだ、私の円盾はシカタくんに使ってもらいます。槍片手で構えてあの突進に立ち向かったら右手折りそうですし」

 

 「サゴさん、ありがとうございます。じゃあ、ミカさんと俺が左右で壁を作るんで、真ん中でサゴさんは槍を構えてください。槍が突き刺さって抜けなくなったときのために俺の予備武器の手斧を持っててください」

 「簡易密集陣形ファランクスであるな。ふむ、我はそこには入れぬが、1つ考えがある」

 「どんなの?」

 ミカの問いかけにチュウジが答える。

 「相手の足が止まった時に上方から奇襲をかけようと思うのだ」

 「上方?」

 「木に登って上から飛び降りるのだ」

 「えっ?あぶなくねーか、それ?」

 「危ないのは皆同じであろう。それに危ないというならば、シカタ、貴様がしっかりと突進の勢いを殺して、相手の動きを少しでも止めれば危険度もさがるだろうが」

 「……まぁ、そりゃそうだな。何か的確な判断ができるほど、俺たちは経験を積んでいるわけじゃないし、試してみるか。チュウジ、骨は拾ってやる。それから便所に捨ててやるけどな」

 「我は死なぬ。貴様の骨は拾い集めて野良犬を餌付けするのに使ってやるから安心してヤマバシリに潰されろ」

 「ツンデレ同士って感じでいいですね」

 「でしょでしょ、サッちゃんわかってるぅ」

 ……いけない、危険人物がいつの間にか増えてる気がする。


 「あと、今回も罠とか仕掛けられないですね」

 道具はロープと針金は一部破損しているが、残っている。こいつもなんとか活用したい。

 「木の間にロープ張ったらどうかな?」

 ミカが提案する。相手の突進を防いだり、進行方向をコントロールできるのではないかという。

 都市伝説かなにかでピアノ線を道路にはって、暴走族の首をはねるとかいう話があったな。人の首が飛ぶところは見たくないし、ただのロープでヤマバシリの首が飛ぶこともないだろうが、それでも役に立つかもしれない。

 「それ、良いね。でも、誰かロープワーク神速でできる人いる?」

 ヤマバシリを前にして悠長にロープを張っている時間はない。皆が首を横にふる中、ミカは言う。

 「いないよね。だから、あたし、思いついたことあるの。ロープ少し切っちゃうけど良いかな?」

 「もちろん、お願いしまっす」


 ミカはロープを切って、まず輪を2つ作った。

 「この輪っかをね、木にこんな感じでかけるの」

 と、俺の首に輪っかをかけると、首にぐるっとまわした輪の端を輪の中に通して締める。きゅっと俺の首が締まる。

 「あ、首輪は。ちょっと新しい世界が見えそうなのでやめていただけると……」

 「ばかっ!へんなこと言わないの」

 怒られてしまった……。

 「でね、張る側のロープにもこうやって……」

 といいながら、両端にそれぞれ3つほど輪っかをつくる。

 「あとは短い方の輪っかで長いロープの輪っかのどれかに通して固結びでもなんでもいいから止めてあげれば、使い捨てになっちゃうけど、はやく設置できてそれなりの強度の罠ができあがるんじゃないかなぁ?」

 「輪っかが3つもあるのはどうしてなの?」

 「木の間がどれくらいかわからないから、その長さの調整用だよ」

 サゴさんが感心する。

 「若い人は頭が柔らかくて良いですね。それ採用しましょう」

 「ロープ結ぶのは私がやります」

 サチさんが手をあげると、これまで無言を貫き通していたナナちゃんも「アタシもできる」とぼそっとつぶやいた。


 「じゃあ、確認しよう……」

 作戦概要は以下の通りになった。

 

 第1フェイズ、ヤマバシリ発見後、余裕があればこっそりロープを張る。このとき、チュウジは木の上に登る。

 ロープを貼った後、サチさん、ナナちゃんはすぐに後方へ退避。前線が崩壊した場合はすぐに脱出をはかること。

 密集陣形を構築後、サゴさんがヤマバシリを1射。当たらなくとも注意を引ければよしとする。射撃後、すぐに武器を槍に持ち変えること。

 ここで、ヤマバシリに発見された場合はロープと射撃はあきらめ、第2フェイズに直ちに移行する。


 第2フェイズ、突進してくるヤマバシリをロープと密集陣形で迎え撃ち、足を止める。止められなかったら死ぬ。プランBは残念ながらない。盾3つと槍で耐え抜け。


 第3フェイズ、チュウジが上方から奇襲。相手に密着できたら、スキルで相手を消耗させる。同時に武器での攻撃も可能な限り続ける。奇襲失敗で変なところに落ちたら、死ぬ気でヤマバシリの尻を追いかけろ。

 他の3人も攻撃をおこなう。

 俺は攻撃を続けながら、戦況を観察し、負傷者がいれば、前線を崩壊させないように気を配りながら、サチさんのところに下がらせる。

 この判断をするのが一番気の重い仕事だ。前線が崩壊すれば、実質全滅だ。かといって、負傷者を前線に留めて手遅れになったら……。


 うまくいくかな。不安だけど、俺は仲間と一緒に無事に街に帰りたい。

 だから、やるしかないんだ。

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