031 つかの間の休息その2
ぶらぶらと散歩していると、少しずつ街のことがわかってくる。
俺たちの宿は南街区と呼ばれる地区の西端にある。
ここらへんは俺たちみたいなよそ者の短期滞在施設が集まっていて、異人区とも呼ばれている。
南街区自体が貧困層の居住地域なのであまり治安は良くない。
買い物でお世話になっている西の市場は異人区から北にある。
市場はもう1つ南の市場というのがあるが、ここは魚や肉といった生鮮食品を扱うところだ。
定住していない俺たちにはあまり縁がない。
この市場の近くには旅人区と呼ばれる宿屋の集まる地域がある。
こちらは異人区と違って旅商人御用達で外観からして俺たちの宿とは違う。
「ここらへんは軽食も西の市場とは違うんだね」
公衆浴場帰りにミカがつぶやいた。
「あれ、クレープっぽいよね。ミカさん、食いたくない?」
「え、良いよ、あたし、お腹すいてないし」
ミカはあまり買い食いの類をしない。まだ頭の片隅にどこか借金のことが残っているのかもしれない。
ミカの真面目さは尊敬するところだが、できることなら、たまには甘いものとか頬張ってほしいと思う。
「いや、一人でクレープ的なものを頼むのは、気がひけるのでおつきあいいただけないかと……」
「ケーキ食べ放題に制服で入れる男の子が?」
「……チームワークで乗り切ったんです。俺一人だとシャイでだめな子なんです」
「しょうがないなぁ」
「あざーっす。そうと決まればレッツゴー」
どさくさにまぎれてミカの手を握って店先に走る。彼女の手はひんやりとしている。これくらいでも俺は顔中が火照ってしまう。彼女はどんな顔をしているのだろう? 恥ずかしさがボンドのように俺の首を固定する。2人とも無言でクレープ屋らしき店の前にたどり着く。
ここは店先の鉄板の前で具材を選ぶと、その場で生地を焼いて包んでくれるらしい。
木皿に乗せて提供されるので、クレープ片手に散歩というわけにはいかないようだ。
買った人は店の前にいくつか並んだテーブルに木皿を置いて、フォークとナイフで器用に切り分けて食べている。
「うーん、何にしようかなー」
悩むミカの横で俺は並べられた立派なハムとチーズに目が釘付けになる。
てっきり甘いものばかりだと思っていたが、飯っぽいのもあるんだな。
「よし、このハムとチーズ包んでください」
「あれ? 甘いもの食べたいんじゃなかったの?」
「それはまた今度ね。俺は食べたことないもの見るとチャレンジしたくなっちゃうんだよね」
「ふーん、そっか。悩むなぁ。あたしはやっぱり甘いもので行こうかな」
ミカはバナナとハチミツを選んだ。
「はいよっ」
店のおっちゃんはレードルで生地をすくうと、丸い鉄板の上に垂らしていく。
少しすると、生地をひっくり返して、ハムとチーズを上に乗せる。チーズが溶けるとヘラを使って器用にクレープを四角くたたんで木皿に乗せる。
ミカの分も同じ要領で作ってくれた。
「おまちどう、2つで銅貨8枚ね」
俺は懐から銅貨を入れた小袋を取り出す。
「支払いは任せろー。ばりばりばりー」
向こうの世界で使っていた財布だったら、口で「ばりばりばりー」って言わなくても、いい音鳴ったのにちょっと残念だ。
「やめてー! ってシカタくん、口でばりばり言わないでよ。でも、おごってくれなくて良いから」
「いいじゃん。たまには。ボケに突っ込んでもらったし、そのお礼ってことで」
「ツッコミへのお礼ってよくわからないけど、ありがと。うーん、じゃあ、遠慮なくおごってもらっちゃうね。ごちそうさま」
支払いを済ませ、木皿を受け取ると、そのまま近くのテーブルで食べることにする。
「うわ、チーズあつっうまっ」
フォークで切り分けてクレープを口に入れる。
「蜂蜜もバナナも甘くて美味しい。あ、ねっねっ、これ小麦粉じゃなくて米粉だよね。普段からお米多いなって思ってたけど、ここらへんは小麦よりお米が主要作物なんだね」
ミカの指摘で生地を味わうようにして食べてみて、ようやく普通のクレープとは違うことに気づく。俺ってバカ舌だ。
「よく気がつくね。俺の舌、だめだわ。これじゃ将来料理評論家になれないわー」
「……」
ツッコミがない、滑ったなぁと思ったら、ミカは口いっぱいにクレープを頬張っていた。リスの頬袋だ。
俺が
「ごめん。こっちも味見したかった? 甘いの食べたいって言ってたもんね」
切った米粉クレープをこちらに差し出す。
〈女の子にあーんってシチュエーション。これってファンタジーだと思ってたわ。あ、俺今、ファンタジー世界にいるんだっけ?〉
一人でしょうもないこと考えてると、クレープを口の中に突っ込まれた。
「……ありがとう。うまいよ」
飲み込んで俺は答えて、俺は元の世界の部活の同期の顔を思い浮かべる。
〈お前らが
「こ、こ、ここっちも食べる?」
切り分けた自分の分を勧めると、ミカの方に差し出す。
ああ、ファンタジー……。
「美味しかったね。また来ようね。今度はあたしがおごってあげるからね」
俺は顔を真赤にして首をぶんぶんと縦に振る。
次に来るのはたぶん別の仕事を片付けてからになるだろう。
生き残らないといけない理由が少しずつ増えていく。
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