030 つかの間の休息その1

 10日ぐらいは余裕があるから、酒場で情報を集めつつ休養もしましょう。

 これがサゴさんの提案だった。


 「やっとRPGっぽい展開になってきましたね」

 「エールを傾け、吟遊詩人の弾き語る叙事詩に耳を傾ける。酒によったあらくれ男どもはささいなことでなぐりあいをはじめ、みな酒と血の臭いに酔を深めていく……」

 「と、レモネードをすすりながら、語るチュウジくんなのでした」

 「未成年だから仕方がないであろう。今飲んでいるのはサゴ殿だけだ」

 まぁ異世界なので飲むこともあるけれど、サゴさん以外は積極的に飲むことはない。

 「シカタくんだけに仕方がない、うふふふ」

 「基本的にお子様のあたしたちはレモネードで十分、美味しいよね、これ」

 ミカがサゴさんのオヤジギャグをすっと流す。

 最近はミカさんの「さん」を心の中では外すようにしている。いつまでも「さん」づけはなんかよそよそしいなと思いながら、実現できているのは心の中だけ。


 「RPGといえばね、癒やし手ヒーラーとか魔法使いソーサラーとか居てくれたら良いよね」

 「素質のある者が極端に少ないという話であったな。神の指、そのような名前の臓器を持っていないと使えない、であったか」

 「最初に別口で連れて行かれた人たちがそういう素質がある人たちなんだよな。俺も魔法のある世界に来るんだったら、ファイアボルトとかイオナ○ンとかやってみたかったよ」

 「数が極端に少ないから運が良いパーティーか熟練パーティーでない限り癒やし手を入れているところはないということでしたよね。癒し手がいれば、この前みたいに負傷者が出てもある程度落ち着いていられるし、ぜひとも勧誘したいですよねぇ」

 エールのジョッキをあおりながら、サゴさんは話を続ける。

 「彼らは彼らで身体能力はさほど高くないことも多いから、単独行動はできない。そういうわけで酒場にパーティー探しに来るんだそうですよ。私たちみたいな探索家が酒場にたむろする理由の1つですよね」

 「あるいは飲んだくれるための言い訳かもしれぬな。我らは一時の癒やしを蜂蜜酒ミードに求めるのだ」

 と相変わらずレモネードをちびちびすすりながら、チュウジが言う。中二病キャラの設定に合わせて喋り続けるのってある意味すごいよ、おまえ。

 「ちなみに今はパーティー加入希望の魔法職の話はないそうです」

 「となると、仕事を探すしかないよな」

 食事を済ませ、周囲の話に耳をかたむけながら、ちびりちびりと飲み物をすすり、全部なくなったら宿に戻る。


 朝起きると宿の周囲を散歩しながら、屋台で食事。その後、また散策。

 ミカと二人で散策しているときに彼女が欲しがっていた石けんを見つけた。

 ただ値段はそこそこしたにも関わらず巨大なサイコロキャラメルみたいな物体で使っても全然良い匂いとかしなかったので、彼女は残念がっていた。

 

 「シカタくん、石けんとか作れたりしないの?」

 「昔、見た映画で石けんを作るシーンがあったなぁ。たしか、美容外科だかから脂肪吸引で取った人間の脂肪盗んできてさ、それを材料にしてた。あと苛性ソーダって言葉が思い浮かんだ」

 「映画の話はウェッだけど、苛性ソーダはナイスだね。えっと、苛性ソーダは水酸化ナトリウムで水酸化ナトリウムの作り方は……ああ、あたし化学まじやばい」

 「学年下の子がまじやばいってことは、俺の化学は終わってるってことね……」

 結局当分は巨大サイコロキャラメルで我慢するしかないようだ。

 動物の毛を植えた歯ブラシも見つけ、こちらはパーティーの皆がそろって買い揃えた。

 「あんたらみたいな探索隊に大人気なんだよね、これ」とは店のおじさん。

 そりゃ、そうだろうねぇ。


 午後は公衆浴場に向かうか宿で水浴びをする。

 夕方からは酒場に顔を出して、宿に戻り寝る。

 この上ないくらいのんびりとした生活だ。


 共同浴場はすこし変わっている。

 ところどころ穴が空き、中の木組みらしきのものが見える土壁の家が多い中、公衆浴場はレンガ造りの建物で外見からして違う。比較対象のせいもあるが豪華だ。

 もちろん、変わっているというのは外見だけの話ではない。


 脱衣場の先にはサウナみたいな部屋がある。

 ここで、まずアカスリをされる。

 その後でないと湯船につかることができない。


 サウナと言ってものぼせるほどの暑さではなく体が温まり、皮膚が柔らかくなるのをゆっくりと待つ。

 そのあと、あかすりのおっちゃんに体中の垢を擦り落とされる。

 自分でやるといっても浴槽をきれいにたもつためだからといって、聞いてもらえなかった。

 「あのアカスリ、慣れればどうでもないけど、裸で転がされて見ず知らずのおばちゃんにこすられるの、最初は抵抗感あったよね」

 とはミカの感想。その光景を想像して顔を真赤にしていたら、「へんたいっ!」とつねられたものだ。


 アカスリのあとは、銭湯とあまり変わらない。ベンチとかあるぶん、スーパー銭湯とかのほうが近いかもしれない。

 ここまでで銅貨10枚、安宿一泊分と高価だ。

 高価だから水浴びで済ませる人も多い。俺たちは水浴びと共同浴場を交互に使っていた。

 二人一組で片方が水浴びの日は、もう片方は公衆浴場。

 いくら南京錠をかけていても、盗難は心配だ。どちらかの組が宿に残っていることで盗難を防ごうということだ。

 サゴさんはミカと俺を送り出す時、迎え入れる時に必ず昔のフォークソングとやらの一節を口ずさむ。

 「夏はもう終わりとはいえ、まだまだ暑いのに。いつも冬の歌ですね」

 とサゴさんに問いかけると、「ここで大事なのは季節じゃないんですよ」と返されてしまった。 

 

 ちなみに家風呂というのは、城壁内ならともかく外にはないし、井戸の数も多くない。

 井戸から遠い場所の人は水売りに頼る。

 水売りが売っているのは井戸の水だ。

 荷車に積んだ大瓶おおがめにくんだ井戸水を売り歩いている。

 井戸の利用料はかからないので、仕入れ代はただだが、ものすごい重労働だろう。

 それでも生きるか死ぬかの仕事よりはましかと思ったが、案外これも難しいらしい。

 水売りには縄張りがあって、新規参入は難しいとか。

 平和な生活はなかなか難しい。

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