032 つかの間の休息その3
夜は毎日酒場で夕食を取った。
トビウオ亭という名前のこの酒場は探索者御用達の酒場の1つで仕事や噂話が集まってくる。
初めて来たときはそそくさと食事をし、仕事をもらっただけであったが、何度も酒場に通っていると、少しずつ顔なじみも増えてくる。
もともとの顔なじみに出会うこともある。
最近よく話しているのは訓練所の同期のタケイさんのパーティーだ。
タケイさんというのは模擬戦でサゴさんと戦った筋肉キレてるよって声かけたくなる大男。同じような大男3人、小柄な男性1人の5人パーティーだ。
小柄な1人ダイゴさんも筋肉質なうえに、ライトセーバーとか構えてる人たちばりに念力が使える。訓練所の模擬戦で俺も見ていた。もの静かな人だが、喋ったらチュウジと話が合うタイプだろうと思っている。茶色いマントをいつも羽織っていて、着こなし方がどう見ても○ビワンのコスプレだ。
俺は心のなかで彼ら筋肉ダルマの集団をアニキーズと呼んでいる。
ちなみにミカはこの三度の飯よりも筋トレが好きそうなアニキたちと腕相撲で互角以上の勝負をする。
「筋肉は裏切らない。それを証明するために俺たちは君を倒す」
「君がトレーニングをすれば、バッキバキになる。俺たちとコンテスト出場を前提にスクワットからはじめないか」
ミカの怪力を知ったアニキーズの面々、特に大男4人はミカを見つけると必ず挑戦するか、口説く(?)かしている。
「タケイさんたちも、シカタくんと一緒で目線合わせてくれようとするんだけど、あの人たちの場合、スクワット姿勢でかがみながら目線下げるから、胸がときめく前に腹筋のトレーニングになっちゃうんだよね」
とはミカの言だ。
彼らは俺たちより少しあとに首都を出て、同じくらいに戻ってきた。
彼らの初仕事もまたゴブリン討伐だったそうだ。
ただし、
「火吐くし、変な羽虫けしかけてくるし大変だったよ」
ほら、俺の髪の毛ちりちりになっちまったよと笑うタケイさん。サゴさんに酸のブレスを浴びせられ、ゴブリンシャーマンに炎のブレスを浴びせられ、つくづく気の毒な人だ。
苦戦した分、実入りも良かったとか。
「黒い指って覚えているか?」
とはフォースの使い手ダイゴさん。
人間で魔法的な力が使える人々が先天的に持っている臓器を神の指と言うが、黒い指はそれの亜人版である。これが強力な薬の材料となるらしく、高く売れる。
シャーマンは必ずさばけ。そういう物騒な教えを訓練所でも受けている。
「なんとこいつが金貨5枚」
金貨は1枚で銀貨25枚、つまりこれだけで銀貨125枚、俺たちの2.5倍の稼ぎである。これに任務達成の報酬として支払われたものがあるはずだから、実際の稼ぎはさらに多いはずだ。
彼らはこれでさっそく探索家の正規登録をしたそうだ。
正規登録をした探索家は隊商の警護などの仕事を受けることができるし、別の都市国家にも入国できる。
それで彼らも「数日後、隊商の護衛で別の都市に出発するんだ」そうである。
隊商の護衛をしながら旅をしようと考えているという。
もちろん、旅の中でここに戻ってくることもあるだろうということで、再会を祈念して杯を交わす。
まぁ、俺のジョッキはレモネードだけど。
俺たちが見つけた仕事は薬師の捜索だった。
俺たちが受けようとしていた薬草採取の仕事の薬師とその護衛が予定を大幅に過ぎても帰ってこないらしい。ほぼ同時期に受けていることを考えると、さすがに遅すぎる。
捜索の上、生きていれば救出、亡くなっていることが確認できた場合は遺品の収集をして欲しいというのが、その仕事の内容である。
「これの他にはゴブリン退治があるだけ……」
「あれは当分やりたくないというのが正直な気持ちです……」
ゴブリンの掃討には集落の破壊と全滅という側面があり、これが俺たち、とくに実際に手を下したサゴさんとチュウジに嫌な思いを抱かせているはずだ。実際に加わらなかった俺でさえ、あの仕事は嫌である。
タケイさんたちが隊商護衛という任務を選んだのにも、「手を汚す」という感覚を持ちにくい仕事のほうが良いだろうという気持ちがあったにちがいない。
お互いに戦闘が一通り済んだ後の「後始末」に関してだけは
「可能性としては山賊か山の肉食生物に襲われたということになりますよね」
「弱き者を殺めるということにはならないかもしれないが、危険ではあるな」
「まだ余裕があるし、もう少し別の仕事がないか待ってみようか?」
「あのね。知ってるかもしれないけど護衛のパーティー、あたしの元の所属先なの……」
ミカがうつむいて言った。
「あたしがお金なくして、途方にくれていたときにすーっといなくなっちゃったけど、別に悪い人たちじゃない。お金もないまま外に連れ出せないって考えるほうが当たり前だし、他の子があたしみたいなことになっていたら、あたしだって同じことしたかもしれない。悪い子たちじゃない。それどころか、良い子たちなの」
「……」
「だから、できればこの仕事受けたい」
いつもお願いばかりしてごめんね。ミカはそう言うと、唇をかんで、また下を向く。
彼女のこんな姿は見たくない。それは俺と彼女の関係がどうこうというのではなく、仲間に対する思いみたいなものだ。たとえ、同じことをチュウジが言ったとしても多分俺はその希望を叶えるだろう。
「待ってても、別の楽な仕事が出てくるとは限らないし、色々と条件つけられるほど余裕があるわけじゃないよね、俺たち」
「そうですね。できれば、お酒のお代わりしたいけど、今の懐具合ではそれもなかなかできないのは大変遺憾です」
「黒き騎士の叙事詩にふさわしい任務よ」
サゴさんとチュウジも俺と同じようなことを考えていたのだろう。いい人たちだと思う。カッパみたいな髪型したおっさんとおかっぱ中二病だけど。
「ありがとう!」
ミカは俺たち3人に抱きつくと、精一杯腕をひろげて、ぎゅっとした。
「い、痛い、腰、腰、サバ折り、サバ折り!」
感動の場面だったが、サゴさんの腰にクリティカルヒット。
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