009 初日の終わり2
「コクイノメガミ?」
それっておいしいの?ってたずねようとしたときに、サゴさんが口を開く。
「私は何にも会いませんでしたよ。真っ白な部屋の中で声だけ聞こえてきて、その声とやり取りをしているうちに意識を失い、気がついたらこの世界にいました」
「俺、おじいちゃんと会って、タワシタワシって掛け声であおられながら、ダーツさせられた……」
「どういうことだ。我には意味がわからぬ。タワシとは何事か?」
「なんだかテレビのバラエティ番組みたいですよね」
「タワシは……ほら、こうやって」
右手を前に出してタワシよ出ろと念じると、手の中にタワシが出現する。ちなみにタワシというと亀の子タワシが真っ先に思い浮かぶけど、俺の手のひらの上に現れたのはへちまタワシだった。へちまタワシが出せるんだったら、さっきの水浴びで使っても良かったな。そんなことを考えていると、横でチュウジがさらさらのおかっぱをゆらして笑っている。ただ笑うだけでなくて、こちらを指さして笑っていやがる。
「うわウケる、ちょうウケる。タワシ出す能力とか洗い物に超便利で異世界で生き抜くのに必要だよな。まじウケる」
これまでだった中二病口調だったチュウジは人を煽ってくるときだけ、中二病口調をやめやがった。
「草生えるじゃなくて、へちま生えるんだ。大草原ならぬグリーンカーテン?地球温暖化対策にばっちりだわー」
「いや、色々と便利ですからね。体洗ったらり、食器洗ったり、タワシはどの世界でも役に立ちますよ」
チュウジのあおりを聞いたサゴさんの必死のフォローがまた俺に突き刺さる。
俺だってもっとかっこよいスキルほしかったですよ。
「俺の能力の話はいいからさ、話整理しようぜ」
「みな、目にしたものは違っても、いくつかの特殊な能力をもらってここに来たってことですよね」
「あと、身体能力と言語能力も強化してくれると。まぁ、そのようなものがなくても我が闇の左手と深淵の右目があれば楽勝であるがな」
元の口調に戻ったチュウジの中二病発言をあいづちでさらっと流してようやく食べ終わったサゴさんが再び口を開く。
「そして、ここの人は私たちのような者に驚いていない。ということは、この世界には私たちより前にも同じようにこの世界にやってきた人たちがいるってことですよね」
「そして、訓練施設があって、そこに全員ではなく、一部が連れてこられたということは、俺たちは訓練のあとに何らかの任務に駆り出される。そういうことになりますよね、サゴさん」
俺は
「今は前の世界風に言えば、研修期間というやつです。今後、どういう訓練がおこなわれるかで私たちがどのような仕事に従事させられるかわかるはずですよ」
なるほど、さすが唯一の社会人経験者、ためになるなぁ。
もうしばらく会話を続けていたかったが、「食事ヤメ!」と声がかかった。
「水差しを除いた食器はお前らに与えられるものだ。各自自分の食器を洗浄して保持しておくこと」
庭にはタライがいくつか置かれており、そこに井戸水をくんで洗えということらしい。当然ながら、洗剤はない。
なんとなく食事の時の組でタライを共有して洗うような感じになっている。
タライはあっても井戸水は順番待ちで俺たちは後ろの方になった。
はやいところ洗って、部屋に戻りたい。
そんなとき、俺が先程出したタワシは便利な代物だった。
ヘチマたわし、小学生の時につくったのを使ったくらいだったけど、便利だわー。
「タワシ使いますか」
自分の食器を手早く洗ったあとにすすいだタワシをサゴさんに差し出す。
「我も頼む」
小声で頼むチュウジに、
「うわウケる、ちょうウケる。チュウニくん、タワシウケまくりじゃなかったのー?」
本当は「笑った矢先に貸してくださいって頼むの?ねぇ、今、どんな気持ち?」とかくらいまであおりたおしてやりたかったけど、この程度で相手をおちょくり倒すのも悪いなと思ってタワシを放ってやる。
「ほらよ、役に立つだろ?」
「ああ、感謝する。シカタよ、お前は良いやつであるな」
チュウジ案外素直だったわ。
全員が洗い終わるのを確認すると、モヒカンが宿舎に案内すると言った。
案内も何も食堂のすぐ裏だった。
こちらも男女別の建物だった。
中にはいくつものベッドが並んでいる。
「各人好きな場所を使うように。訓練終了時までそこがお前らの寝台となる」
ベッドは竹を組み合わせて作られた簡素なもので、ゴザと厚手の布がたたまれて置かれている。
これが寝具か。試しにゴザをベッドの上にしいて寝てみると、竹がごつごつしていてあんまり寝心地が良くない。
ベッドの上には寝具の他に袋が置かれており、着替えらしき貫頭衣とズボンが二組入っていた。
私物はもともと来ていた服に着替えが2枚、訓練用に布鎧こと厚めの上着と頭巾、あとは食器。
さっと着替えてごつごつとしたベッドの上に寝そべる。
日没前後の時間帯で外は薄暗く室内はさらに暗い。
ランプとかないみたいだから、消灯時間もくそもない。日没すぐに就寝時間ということみたいだ。
健康的な生活だ。
文句を言う声やひそひそ話も暗闇に飲み込まれるように消えていった。
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