008 初日の終わり1

 意識が戻ったときには、模擬戦はすべて終了していた。

 というか模擬戦が終了したあたりで強制的に起こされた。

 殴る蹴るつねるという起こし方以外できないのか、あのモヒカン教官は。

 

 とりあえず、まだ多少のだるさは残っているけれど、それ以外は快調だ。


 「向こうで汗を流したあと、食堂へ集合せよ。食事の配給がある」

 モヒカン教官は叫びながら、両手を使って、汗を流す場所と食堂の場所を指し示した。

 洗い場のほうはともかく食堂の方は入り口近くで焚き火の上に釣られた大鍋から食欲をそそる匂いがしてきているので、言われなくてもわかる。


 真夏とまでいかないが、じとっと汗ばむ陽気だし、シャワーで汗を流してうまいメシ食ったら最高だよね。

 そんなふうに考えていた時期が俺にも……。


 井戸水冷たい。とても冷たいっ!

 「ひゃぅー」

 頭から被ると変な声出る。

 シャワーなんかない可能性は想定していた。電気らしきものがまったくないところだもの。とはいえ、心のどこかでは魔法的な何かでシャワーが使えて、それで優雅に汗を流す可能性もあるんじゃないかなと期待はしてた。

 でも、木のバケツにくんだ水で石けんもないなんて。

 そこまでいくなら、男女分けないでくれ。

 俺がそう思っていたら、「なんで混浴じゃないんだっ!」とかいう叫び声が聞こえてきた。

 おお、同志よ、どうしようもない同志たちよ。


 それにしても、せめて、すこしお湯とか差してくれたら気持ちいいだろうになぁ。

 周りもでもひゃーひゃーいう声が聞こえてくる。

 結構打ち身の後が残っている人いる。なかなか痛々しいなぁ。


 水浴びのあとは食事だ。

 体が冷えたせいもあって、湯気の立つ鍋の中身が気になって仕方がない。

 大鍋は二つあって、片方がスープ、もう片方に米が入っているらしい。

 双子のようにそっくりなおばあちゃんが二人並んでお椀に盛っては並んでいる俺たちに手渡していく。

 

 俺も左手でスープを右手でご飯の入ったお椀を受け取る。

 スープは赤い色、中に煮込まれたクズ野菜らしきものとげんこつくらいの大きさの肉が浮かんでいる。肉はなんだろう。ブタ肉かな。

 右手のお椀には油みたいなものが絡められたテカテカのご飯が入っている。米は長粒米、タイ料理屋さんで出てくるお米と同じやつみたいだ。


 食堂は基本的に小さなゴザが何枚か引いてあるだけだった。テーブルも椅子もない。

 ゴザの中央には陶器の水差しが置かれている。

 ちなみにコップはない。

 コップはどこですかとう質問にモヒカン教官はだまって水差しを上にかかげて傾け、器用に口をつけずに自分の口に流し込んだ。一応、話は通じたらしい。だから、とりあえずコップはこの世界に存在している。この場所にはないだけだ。


 「……ども。ここ、いいっすか?」

 首だけ動かすぎこちない会釈えしゃくをしながら、俺は中二病氏と胃酸ブレスのおじさんが座ってるゴザに入れてもらった。

 人見知りが激しい陰キャであると自覚している(学校でそれが気にならなかったのは、同性しかいないうえに陰キャのパラダイスみたいな学校だったからである)ので、なるべく平穏そうなというか同じニオイのするあたりに混じろうという本能的?な行動だ。

 二人とも首だけ軽く曲げて会釈をする。しぐさが俺と同じである。

 もう一人ぐらいは座れるだろうが、誰もここには入ってこない。


 「腹が減っているだろうから、まずは食え」

 モヒカン教官のお許しが出たので、俺たちは木のスプーンをお椀のなかにつっこんでかきこみ始めた。


 スープの味付けは単純な塩のみっぽいが、肉から出た脂の甘みがあってコクがある。

 ご飯のほうは炊いた後に使い古した油に塩でも混ぜて回しがけたのか、調理油のくどさとかすかな塩味がする。

 どちらも量は大盛りで食べ盛りの俺としては嬉しい。

 でも、胸焼けしそうな量と味付けは食えない人も多そうだろうな。胃酸ブレスのおじさんはあまり食が進んでいないようだ。

 

 「肉、いりますか?」

 おじさんの言葉に俺は首をぶんぶん縦に振ったあと、「あざっす」という言葉とともにご飯のお椀を差出し、肉を乗せてもらう。

 多少筋張っているが、噛みしめていると体にタンパク質取り込んでいる感がばっちりとする。


 そうそう、胃酸ブレスのおじさんの名前はサゴさん、中二病氏はチュウニならぬチュウジというそうだ。

 「あのブレス攻撃、すごかったですね」「いや、相手のお兄さんには悪いことしました」「俺たたいたとこ痛くないですか?」「大丈夫だ。こちらこそ、すまなかった」「いえいえ」みたいなぎこちない会話を繰り返しながら俺たちはお互いに自己紹介をした。ぎこちないながらも同じニオイをさせている者同士、少しずつ気軽に話せるようになってきた。


 「これってあれだよな。異世界転生とか異世界転移ってやつ」

 俺の言葉に二人がうなずく。

 サゴさん、アラフィフぐらいのはずなのにわかるんだ。

 サゴさんは、俺たちの視線に気がついたのか、頭をかきながらぼそぼそという。

 「最近集中力なくて、動画配信で20分くらいで見られるアニメ、あれ、晩酌のときに重宝するんですよ」

 

 サゴさんの言い訳を軽く流しながら、俺が続ける。

 「で、みんな何かしらの事故で死んでここに死ぬ直前の状態で転生というか転送されたってことだよな」

 二人はうつむく。誰だって自分が死ぬ間際まぎわの状況は思い出したくないはずだ。死に方も色々あるだろうことを考えればなおさらだ。


 中二病氏ことチュウジがこちらの言葉を引き取って続ける。

 「諸君らも黒衣の女神に手を取られて能力を授けられたのか?」


 「コクイノメガミ?」

 スープのお椀を抱えて、残りの汁を飲み干そうとしていた俺は聞き慣れない言葉にちょっとむせる。

 あれ、俺たちがここに来た状況は細部が異なっているみたいだった。

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