007 模擬戦その3
「はじめ!」
「わ、我が
中二病氏は大いに緊張しているようだ。
もちろん、緊張具合は俺も大差ない。しゃべったら、絶対かむから無言を貫き通す。
鼻からゆっくりと息を吸う。肺に入れた空気を口からフッフッフッと小刻みに吐いていく。呼吸が雑になると、相手に読まれる。昔、道場で仙人みたいなおじいちゃん先生にそう習ったことがある。
「お前は呼吸が雑だから技の起こりが全部わかる」
さすがにそれは盛りすぎでしょ。そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。一瞬だったけどな。打つもの全て返されて、最後は足を前に出そうとした瞬間に喉元を突かれた。
それ以来、俺は呼吸に気をつけている(けど、興奮したらすぐ忘れる)。
呼吸を意識しながら、相手を観察する。
中二病氏は双剣スタイル。ウェーイ氏とは違って、二本の剣はやや短めである。左手を前に突き出した半身で構えている。
二戦目のウェーイ氏といい、中二病氏といい、二刀流率高いなー。俺も実はあわよくばかっこよく二刀に構えてやろうと脇差しくらいの長さの武器をサブに選んだのだけれど、先に二刀二人も見てしまうと、真似したみたいで構えられない。
何はともあれ、俺もそうだが、「応募者全員サービスの身体強化」とかいう神様のおまけのおかげか、貧相に見える体格でも双剣を構えることができている。
あれ、けっこう重いよな。
対する俺は脇差しは腰のベルトにぶらさげたまま、太刀一本を両手で構える。
相手の左眼よりやや外側のあたりにつける。
こうすることで相手が右に掲げた剣で打ちかかってきても返せるし、左手で突き出したもう片方の剣にも払われにくくなるはず。
中二病氏は小柄で俺はどちらかといえば、背が高め、武器の長さも足せば、リーチ的には俺のほうが有利なはずだ。
そのうえ中二病氏はがっちがちに緊張しているし、腰が思いっきり引けている。
俺だってがっちがちに緊張しているはずだが、それでも、彼よりはましだろう。
通常ならば、俺楽勝パターンのはず。
面倒くさいのは、これが異能力ファンタジーバトルだということ。
突然、中二病氏が左手から黒い炎とか撃ってくる可能性もあるんだよな。
そう思うと、「
なかなか近寄れない。
ああ、そうだ。
俺も能力を使わないと。
利き目の奥がぐっと押し込まれるような感覚が一瞬だけした。
これで自分の必勝の間合いがわかるらしいのだが、今のところ、何の変化もない。
どうやっても届かない位置にいるからだろう。
「ほわああああぁぁぁ」
なんとも気の抜ける気合を発しながら中二病氏は頭上にかかげた右手の双剣を振り下ろす。右手に集中しすぎてるのか、それとも
そのうえ、間合いは遠すぎだ。
どう考えても相手の攻撃は当たらない。俺は構えを崩さないまま、半歩後ろに下がって、空振りさせる。
そのとき、俺の視界に変化が生じた。
中二病氏の振り下ろした右手に赤いモヤがかかってくる。
たしかにここは捉えられる間合いだ。思い切り打ち込んでやれ。
相手の伸び切った右手を斜めから払い落とす。
「……ぐぁほ」
中二病氏がうめき声を上げて、右の双剣を落とす。
分厚い布の防具をつけていようと、模擬戦用の武器であろうと、さすがに痛いだろう。
俺だったら泣いちゃう。
ここで華麗に俺の勝ちということになるかと思いきや、「それまで!」の合図はまだかからない。
続行かよ。
ここで相手を心配しすぎると、先程の試合のアニキのように思いもよらない技で逆転されてしまう。相手から目を離さずに少し距離を取ると再び呼吸を意識する。
中二病氏は色々とこみ上げてきたのか、鼻水と涙をまきちらしながら、双剣あらためただの剣を振りかざして突進してくる。
左手で振り下ろす相手の剣を払いあげるようにして勢いを殺し、そのまま相手の胴体を引き切るようにして打つ。
全身が赤いモヤで覆われているくらいだから、どこにでも当たる。
俺の足元に落ちる中二病氏。
「それまで!」
今度こそ勝った。
勝ったはずなのだが、やめの合図とほぼ同時に足元に崩れ落ちてる中二病氏が俺のくるぶしを「右手」でつかみながらつぶやいていた。
「
つかまれたくるぶしのあたりがものすごくだるくなる。
足がだるくなりぺたんと尻もちをつく。座っているのもしんどいくらいに力が抜けていく。
漆黒の「左」とかいうのはブラフだったんかい?
試合に勝って勝負に負けた?
試合に勝って勝負は相打ち?
「残心を忘れてはいかん」
おじいちゃん先生の教えが頭の奥でよみがえる……。
疲労感が俺のまぶたを強制的におしさげ、俺は意識をうしなった。
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