17 その名前
今日の昼飯は、外に食べに行くことになった。
いつもはキーパーさんのランチボックスだけど、外で食べることもある。
うまい料理だって、食べ続けたらたまには他の味も欲しくなる、ってヤツだ。
ってことでリカルドと一緒にオフィス街の近くのレストランに行った。
ランチメニューもそこそこお手頃な値段でいいものを出してる。
リカルドは、よっぽどまずいもんじゃない限り、あんまり味にこだわらないみたいだ。小さい頃からそこそこいいもの食ってるだろうに、ほんと、好きなこと以外は物事に頓着しない人だな。
ま、変にこだわられても困るから、いいんだけど。
さすがランチタイム、わりと盛況だ。店員さん忙しそうだな。
「混んでますね」
「それだけうまいってことでしょう」
「そうですね」
最近、ちょっとした雑談が増えたように思う。
寝食をともにしてるからかな。ずっと黙ったままなのはさすがにリカルドだって気まずいのか。
しばらく待って、それぞれの料理が運ばれてきて、さぁ食べるぞって時だった。
「あら、お父さん?」
おれらのテーブルの横を通り過ぎようとしている女性から、声がかかった。
お父さん?
まずおれが不思議に思って顔を上げた。
二十代半ばぐらいの女性だった。
知らない女だな。でもどこかで見たような……。
ゆるくウェーブしたダーティブロンドが柔らかそうだ。青みがかったグリーンの瞳が印象的だ。かわいいよりも美人って感じ。
おとなしそうな感じだけど、親しげな笑みを浮かべて、リカルドをみている。
リカルドを、お父さん、って。
ま、まさか、隠し子っ!?
おれが一人で愕然としてると、リカルドも女性にしっかりと顔を向けて――。
目を見開いた。
驚き、よりも、狼狽? 信じられないものを見たって顔だ。
この人がこんな顔をしているのを見るのは、初めてかもしれない。
「ディアナ……」
小さくつぶやかれたその名前で、おれは納得した。
リカルドの殺されてしまった婚約者に、そっくりなんだ。
会ったことないけど、前に写真をちらっと見たことがある。だからなんとなく見覚えがあったんだな。
ティアナ似の女性はリカルドの驚きっぷりにちょっと引いてる感じだ。
そりゃ、そうだよな。
自分を見て、めっちゃ驚かれて別の女の名前をつぶやかれたらな。
「あ、ごめんなさい、人違いでした」
女性は丁寧に頭を下げて、おれらのテーブルを離れていった。
その後ろ姿を、リカルドは幻でも見るような顔で見つめていた。
やがてあきらめたように深いため息をついて、何事もなかったかのように食事に戻っていった。
いや、これは、取り繕ってるな。
「リカルド、大丈夫か?」
「あぁ」
短く返された声に余裕はない。
このままじゃいけない予感しかしない。
今夜、酒でも飲みながら話を聞いたほうがいいのかもしれないな。
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