16 錆び

 仕事帰り、急な雨に降られた。

 ちょっと遅い時間でもうキーパーさんは帰ってる。家に誰もいないから玄関までは走らなきゃ、だ。

 まずおれが玄関まで行って、傘を持ってこようか。


「家の鍵、貸してください」


 おれが意図を説明するとリカルドは小首をかしげた。


「さほどの距離でもありませんし、走ればあまり濡れないでしょう」


 え、それでいいのか?

 ほんと、この人、社長らしく扱われることに頓着してないよな。


 ってことで、運転手に別れの挨拶をして、二人で外に出て走った。

 確かに門から玄関までそんなにないけど、大した事なかったと無視するわけにはいかないぐらいには濡れた。なんだよ、急に雨足強まってんじゃねぇよ。嫌がらせか。


「ちょっと待っててください」


 バスルームに行って、タオルを取ってくる。リカルドに手渡すとありがとうと礼を言われた。


「すぐにシャワー浴びた方がいいですね。社長からどうぞ」

「ではそうさせてもらおうかな」


 リカルドは頭や服を拭きながらバスルームへと向かった。


 さてと。コーヒーでもセットしておくか。

 コーヒーメーカーが仕事をしている間、テレビをつけてのんびりしていた。


 ……ん? リカルドの声?

 バスルームの方からおれを呼ぶ声がしたような。

 勘違いかもしれないけど確かめておくか。


「呼んだか?」

「あぁ、すまない。部屋着が用意されていなかった。寝室からとってきてくれないか」

「りょーかい」


 キーパーさん、うっかりだな。

 リカルドの寝室から部屋着のセットを持ってきた。


「開けるぞ」

「あぁ」


 バスルームの扉をスライドさせると、脱衣所にリカルドが立っていた。

 腰にバスタオルを巻いているところからして、スッパ?

 だったら下着も持ってこいっていえばいいのに。あ、でもそういうのは触られたくないかな。


 それよりも……。

 上半身のあちこちにある傷跡に目が行く。


 大けがの跡のようなものはないけど、細かい傷跡が、肩、腕、胸、腹、きっと背中にもたくさんある。

 それらのほとんどが、古傷だ。まるで拭き取っても取れずに残ってる錆びのよう。


 幼いころから、裏社会にいるんだもんな。

 おれとはくらべものにならないくらい、修羅場をくぐったんだろう。


「いつまでそうして立っているのですか」


 言われて、はっとする。


「っと、悪い」


 慌ててドアを閉める。


 ……おれがリカルドの裸に見とれてたとか、変な誤解してないだろうな?


 キッチンに戻って、出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。


 リカルドはコーヒー好きだ。コーヒータイムは彼の表情がより穏やかになる。

 ずっとそんな顔でいてほしい。その方が彼にとっても、おれにとっても、いいに決まってる。


 もうこれ以上、跡に残るような傷を彼が受けるようなことは、おれが止めなきゃ、な。

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