14 幽暗

 情報屋と接触することになった。

 今日会うのは五十代の男で、ずっとLAここを拠点に活動しているベテランだ。


 おれは数回しか会ったことがないが、幅広い情報を持っているとリカルドが言っていた。


 最近、また敵対ファミリーの「アルディノ」の動きが活発化してるらしくて、大規模抗争に発展しないかリカルドは気を使っている。


 リカルドが受け持つのは禁制薬物の売買だ。

 けど、もしもファミリー同士の抗争となると、極めし者であるリカルドも、当然おれも、戦いに駆り出されることになる。


 リカルドは、戦いは避けたいと思っている。

 自分が現場に出なければならないような状況は、たいていろくなことがない。向こう側にも異能者がいれば率先して前に出なければこちら側の被害が甚大になる。

 さらに、直接的な戦闘があれば警察やFBIが動く。彼らに決定的な犯罪の証拠を握られるわけにはいかないからそちらにも気を回さなきゃならない。


 そりゃ、敵は少ない方がいい。

 きな臭い動きがあれば情報屋から仕入れた情報で前もって危険を回避する手段を探る。


 ってことで、ベテラン情報屋の機嫌を損ねないように、でも足元を見られない程度の情報料で「商品」を買わなきゃならない。


 先日見た、リカルドの机の引き出しの中に大量にあったあの切手を貼った封筒を手に、公園のベンチで男を待つ。

 あーあ、完全に仕事色になっちまったなこの切手の思い出。


「やぁ、いい天気だね」


 やがて男が現れて、ベンチに腰かけた。


「あぁ、暑くて溶けちまいそうだよ」


 言いながら、ベンチの上にそっと封筒を置いて、彼の方へすっと滑らせる。

 彼が封筒を手に取った音が聞こえた。


 お互いに直視しない。ただ横目でちらりと相手の様子をうかがうだけだ。


 男が封筒を開けてリカルドからの暗号文を読む。

 二言、三言、当たり障りのない会話の中で用件を伝える。


 よし、滞りなく商談は取り付けた。


 男が立ちあがる。


 ベテランの情報屋、か。この男なら少しくらい知ってるんじゃないか?


「なぁ、あんた」


 立ち去りかける男に声をかけると、彼はおれの前で背を向けたまま足を止める。


「個人的な取引をお願いしてもいいかな」

「……君のターゲットに関しては、知らないよ」


 まだ用件を伝えていないのに答えられてしまった。しかも拒否られた。

 かっと頭の中が熱くなる。


「そう怖い顔をしなさんな。隠しているわけじゃない。たとえアメリカ中の同業者に聞いてもきっと似たような答えしか返ってこないさ」


 そうだろうな。でなけりゃ、とっくに見つけてる。


 おれは“カズ”って諜報員を探してる。

 親父の事件を内密で調査して警察にチクったヤツだ。


 親父は「アルディノ」ファミリーのヤツにゆすられて、会社の金を横領して連中に渡していた。“カズ”はそれを秘密裏に暴いたってわけだ。


 親父は逮捕されて、おふくろは自殺した。おれは結婚して家を出てた姉貴を頼ったけど、姉貴はおれをうとましがった。

 だから、家を出てストリートの連中に混じった。


 親父をゆすった連中は、おれがこの手で始末した。

 けれど、まだもう一人、復讐したいヤツがいる。


 “カズ”が親父の犯罪を暴かなければ。おれらはバラバラにならずにすんだんだ。


 おれのなかにはずっと“カズ”に対する暗くて果てのない感情が渦巻いたままだ。


 リカルドの下についたのだって、裏社会で生きればヤツにたどり着けるかもって思ったから。

 現実はそんなに甘くなかったけどな。


 多分日本人の、諜報界トップクラスの男の情報なんて、手に入るすべはほぼない。


「それでは、また」


 悔しさにぐっと拳を握るおれから逃げるように、情報屋はそそくさと離れていった。


 見つけるのが難しいとしても、結果的に見つけられなくても。

 おれはヤツを探すのをやめるつもりは、ない。

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