13 切手

 リカルドの執務室の机の引き出しに、切手がたくさん入っているのを見つけた。

 彼が文房具を取り出す時にちらりと見えたんだけど、その切手が……。




 おれは子供のころ体が弱かった。

 それでよくクラスメートらにからかわれてた。ひどいいじめに発展したこともあったけど、五歳年上の姉、シャロンがいじめっ子らを懲らしめてくれて、いじめは長続きしなかった。


 ひ弱なおれを心配して親父はおれをマーシャルアーツのジムに通わせてくれた。

 少しずつ体が丈夫になってくのが嬉しくて、武術の型を知って強くなっていく気になれるのが楽しくて、熱心に通っているうちに本当に強くなった。

 十歳ごろから通い始めて一年もすればほぼ健康体になってた。


 姉貴の友人のことを好きになってたのも、そんなころ。

 今みたいにメールなんてのもなかった時代のことだ。

 思いを伝えるには直接話すか、手紙くらいしかない。


 いくら体が丈夫になってきたからって、ちょっとまえまで弱っちい泣き虫だったおれが五歳年上の女性に直接告白なんてできはしない。

 だいたい、小学校高学年のおれが高校生の女性を、なんて、周りに知られたら何を言われるか判ったもんじゃない。

 もちろん姉貴にも内緒だった。


 だから、おれは手紙を書いた。

 ただ、好きです、と伝えるだけの短い手紙だ。

 切手も貼った。ポストに投函すりゃいつでもその人のとこに届くんだ。


 けど、結局、出せなかった。




 その時に手紙に貼ってたのと同じ切手が、リカルドの机の引き出しにたくさん入ってる。


 ほろ苦い初恋と失恋を思い出したと同時に疑問に思う。

 なんでこんなにあるんだ?

 今はメールとかであれこれやりとりできるのに。


 ってかこの人そんなに筆まめじゃないだろう。手紙なんて書いてるのほぼみたことないぞ。


「どうかしましたか?」


 おれがじっと机を見ているのに気づいたリカルドが尋ねてきた。


「どうしてそんなに切手があるのかなと思ったので」


 さすがに思い出の切手と同じだ、なんてことは言えない、ってか言いたくない。


「あぁ、これですか」


 言って、リカルドは引き出しを開ける。

 切手の一枚を指でつまんで持ち上げて、にやりと笑う。


「符丁ですよ」

「符丁?」

「メールでは伝えにくい仕事に関する暗号文を入れた封筒に貼るのです」


 なるほど、メールは便利だけどハッキングとかでほかに知られてしまう危険もあるからな。


「どんな内容の暗号を?」

「情報屋との連絡です。なので、切手がないからといって勝手にここから使ってはいけませんよ」


 ……淡くて苦い思い出が、仕事色に変わった瞬間だった。

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