11 緑陰
公園の大きな木の下で、リカルドが佇んでいる。
おれは彼に何かよからぬことを仕掛けてくる輩がいないか、ちょっと離れたところで見張っている。
これが社長のお忍びデートの待ち合わせをひっそり護衛、とかなら、ニヤニヤできるんだけど。
残念ながらこれも仕事。リカルドが待っているのは麻薬のディーラーだ。
普段はそういった連中との接触はおれを含む部下に任せているんだけど、今日接触する相手はこの辺り一帯を牛耳る大物だから、リカルドがわざわざ出張って行っている。
相手はまだ来ない。約束の時間の十五分前だからな。
別にこっちが早くから待つ必要なんてないだろうに、リカルドはこういうところもくそ真面目だ。
木の幹に軽く背中を預けて立つリカルドは、面白いくらいに目立たない。
身長百九十センチぐらいのわりとダンディでイケメンな男が立ってたら人目を惹きそうなものなのに、なんていうか、気配を消しているというよりは自然に同化してるっぽいような雰囲気だ。枝葉が落とす深い影に紛れてる。
しばらくして、商談相手が現れた。
最初リカルドをすぐに見つけられなかったみたいで、彼の目の前に行って、存在に気づいて、びくってした。
大物って言われてる男の、なかなか見られない反応に思わず笑みが漏れる。
男はすぐに気を取り直したようで、何の気なしに(を装って)社長の前を通り過ぎて木の反対側に回った。人待ちを装うために腕時計を気にするふりをして、二言、三言、リカルドとささやくように会話をかわす。
離れているおれには内容は聞こえないがリカルドの冷静な表情がまったく動くことがなかったから、きっとうまくいってるんだろう。
やがてリカルドが木から離れた。ちらりとこちらを見て軽くうなずく。
車まで戻って、リカルドを待つ。
後部座席に彼が乗り込むのを見届けて、おれが運転して社に戻った。
「景色に紛れるのがうまくなりましたね。うまく日陰を利用して目立つ髪をアイテムなしでも目立たなくできていましたよ」
社長室で、リカルドが言う。
褒められるなんて貴重な機会だ。おれは素直にありがとうございますと応えた。
おれの髪は鮮やかな糖蜜色だ。よく美味しそうって言われる。食えねぇぞ?
髪の色を目立たなくするために帽子をかぶったりすることも多いけど、ちょっと隠れてたいときなんかは却って帽子も目立つから、そういう時は光の少ない場所に身をひそめるしかない。
「社長こそ、木と一体化してましたよ。彼、驚いていたじゃないですか」
リカルドは、思い出しておかしかったのか、ふふっと笑いを漏らした。
「昼日中でも陰に隠れていなければならない、我々はそのような存在だな」
そういうリカルドの声は、特に自分の立場を悲観するような響きじゃない。
けど、おれは。
あのまま何事もなく高校に通い続けてたら、今頃どんな生活をしてるんだろうって時々思う。
今付き合ってるリサも高校時代の同級生だ。
親父が犯罪者になって、高校をドロップアウトして、一時は疎遠になってたんだけど偶然再会して、リサから告ってきたから付き合ってる。
彼女にも、おれが裏社会の人間だってこと、当然だけど話してない。
一緒に過ごしてると楽しいけど、ちょっとしたことで表の人間の彼女と、裏の人間のおれの間に壁を感じることがある。
あの事件がなかったら。
……考えても仕方のないことなんだけどな。
せいぜい、この世界で生きてやるさ。
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