10 くらげ

 あ、あんた一人? 隣いいか?

 お、サンキュ。この店、いつもこの時間混んでるよな。仕事帰りにみんな寄ってくんだよな。


 それにしても暑いよな。こりゃ次の週末は海なんかに涼みに行きたいな。

 あんたも海好き? 泳ぐのか。おれはダイビングも好きだぞ。


 あ、そうそう、海っていえばくらげっていやなやつだよな。

 海で夢中で泳いでたり、マリンスポーツしてたり、とにかく楽しい時間を過ごしているのに気づかずそばにいて、触れたらちくっと刺していくんだからさ。


 くらげって目がないんだよな。だから触れたものにばんばん攻撃仕掛けてくるって話だぞ。イっちゃった通り魔かよ、なぁ?


 刺されたら痛いよな。おれも子供のころに海に行ったらやられたことがあるんだよ。それから二年は海に行くとクラゲ怖いな、いないかなって探して、ってちょっとしたトラウマになってたっけ。


 今は健康体だし、なんなら人より丈夫だけど、子供のころはわりとひ弱だったんだよ。だからクラゲになんかやられたら足がパンパンに腫れてショックで熱なんかもでちゃったりで大変だったってのもある。


 今思えばもしかしておれを刺したのって毒の強いやつだったのかもしれないな。

 あんた、そんなことない?

 そっか、そりゃよかった。週末に海に行くときも気をつけろよ。


 ――あの世ってとこにも、海はあるのかな。


 おれは偶然隣になったと思わせてターゲットの気を引くために他愛のない話をしゃべりつづけた。


 おれたちのそばをそっと通り過ぎたリカルドが、隠し持った特殊銃で男の腕に針を打ち込んだから、男は突然ぴくんと体を震わせて机に突っ伏した。


「あ、おい? 大丈夫か? なんだ酔いつぶれたのか? マスター、彼、眠っちゃってるよ。あと任せていい?」


 行きつけの店の懇意にしているマスターににやっと笑うと、彼は苦笑いをしてうなずいた。

 すべて計画通りだ。




 外に出るとリカルドの車に乗り込む。


「一つ訂正しておきますが、クラゲも目に該当する器官をもっているものが多いのですよ」


 冷笑で迎えられた。


「へぇ? 知らなかったな」

「映像を見ているわけではないので、そういう意味では目が見えていないのも同然ですが」

「じゃあ完全な間違いじゃないな」

「そうですね。それにしても、あなたがクラゲにトラウマを抱えているとは思いませんでした」

「クラゲ、怖いじゃないか。海水に紛れて姿も見つけにくいし、すぅっとそばにやってきて刺していくんだぞ、なぁクラゲ社長」


 あてこすって返してやるとリカルドの冷笑が微苦笑に変わった。


 人を一人、殺した直後だってのに、この人もおれも平然としてる。

 もう、罪悪感とかそういうのは擦り切れちまってる。


 くらげを怖がっていたおれが、なんだか別人の子供時代のように思えた。

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