09 団扇

 あっついなぁ、もう。


 思わず手にした書類でぱたぱたと軽くあおいだら、リカルドに睨まれた。


 ……あ、背筋冷えた。

 天然クーラーかよこの人は。


「そんなに暑いですか? エアコンの温度を下げましょうか?」


 え、ちょ、なに、優しいな。

 いきなり土砂降りになったりしないだろうな。

 おれは思わず窓の外のすっきり晴れた空を見た。


「書類であおがれるよりはよほどマシです」

「はい、すみません」


 おれが考えてたことまで見透かすような空色の目に、素直に謝っておいた。


「うちわがあったらいいのになぁ」

「うちわ?」


 おもわずつぶやいたらリカルドに拾われた。


「日本にあるんだよ。手で持ってあおぐ、セルフファン」

「おまえの日本の友人が持っているのか」

「あいつに限らずな。あっちじゃわりとどこにでもあるからな」


 そういや、日本も夏祭りのシーズンだな。

 あいつも浴衣着て、うちわやせんす持って歩いてんだろうか。

 友人の信司は、普段は洋服だけど和服がすっごく似合ってたな。


 ……リカルドも、和服似合いそうな気がするのはおれだけだろうか。


 日本家屋の縁側で、風鈴の下、浴衣姿で涼んでるのなんて、ちょっと想像してみたがなかなか様になりそうだぞ。


 ま、この人がLAここを離れるってのは仕事以外ないんだろうが。


 浴衣着せてうちわ持たせてみたいもんだな。


「なにを物思いにふけっているのですか?」


 ……はっ。仕事中だっけ。

 暑くて頭溶けたか、なんてな。


「あぁ、いえ、やっぱりうちわよりエアコンの設定温度を下げてもらったほうがいいかなぁ、と」


 あわてて弁解するとリカルドはやれやれといわんばかりの顔で、デスクの隅に置いてあるコントローラーを手に取った。

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