08 さらさら

 リカルドの、マフィア幹部としての顔は冷徹で苛烈だ。

 必要とあらばためらいもなく人の命を奪うし、おれにも当たり前のように命じてくる。


 まぁおれはストリートにいた頃から他のグループの連中と命のやり取りもあったから、初めて命じられた時もどうってことなかったんだけど。


 だから路地裏生活のおれを拾ったってのもあるかもしれないな。人を殺すことを是とは言わないがためらいを感じない、動かしやすい部下にしやすかったんだろう。


 けど、リカルドが好んで進んで人殺しをしているかっていうと、そうでもない。

 むしろ可能な限り殺しは避けていると思う。


 もしも証拠が残って警察なんかに目をつけられたら厄介だってのもあるだろうけど、多分リカルドの本音は、できるなら殺したくない、だろう。


 仕事の時はきっちりと整えられている彼の髪が実はさらさらで柔らかいみたいに、リカルドは本来、何事もないのがいいのだろう。

 それを悟られると敵にも味方にもナメられるから、冷徹な男を演じているってことだな。


 ……いや、スイッチの切り替えみたいな感じ?

 裏の仕事をこなすリカルドに、無理に演じているって歪みはない。本当に心がないような策を取る時も動揺なんてない。

 人が変わる、って表現があうのかもしれないな。


 そういや、彼の婚約者を殺した連中への報復は、すごかったらしい。

 暗殺者のアジトに単身乗り込んでその場にいた連中を皆殺しにしたとか。

 これもウワサだから、どこまで本当か判らない。けど、嘘だと一笑に付すことはできないな。


 つまり、普段はわりと穏やかってか事なかれ主義だけど仕事スイッチが入って魔王モードになった時と、キレた時はえげつないってことだ。


 我が上司ながら、こわっ。怒らせないようにしないと。


 ……で、なんでおれがこんなことを考えているかっていうと。

 リカルドを暗殺しようとしているヤツがいるらしいって、荒事を預かる部署のトップから連絡があって、おれは騒ぎが落ち着くまでリカルドの家に寝泊りすることになったからだ。


 家に泊まるってことは、シャワーを浴びた後、さらさら髪を下ろしてるリカルドも見ることになるわけで。

 仕事時との違いを見て、あれこれ思うところがあったってわけだ。


 しっかし、うらやましいなそのさらさら髪。おれの髪ってちょっとごわっとしてるんだよな。すぐはねたり寝ぐせがついたりするんだよ。


 寝ぐせのままじゃさすがにとがめられるから、朝、洗面台を睨む時間が増える。

 できるだけ身支度に時間かけたくないじゃないか。その分、ちょっとでも寝ていたいじゃないか。

 リカルドみたいな髪質なら、ささっと櫛を通すだけできれいになりそうなのに。


 ……さてと、ない物ねだりをしても仕方ない。

 家の周りを見回ってから、先に軽く寝ておくとしよう。

 今夜も何事も起こらないことを願うよ。

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