07 天の川
今日も何事もなく、就業時間が終わろうとしてる。
それはいいことだ。表も裏も静かなのがいい。
けどこの魔王社長はあと五分で本来の退社時間なのに当たり前のようにパソコンに向かってる。
今日、デートなんだよなぁ。
社長は独り身だからそういうことがないから察してくれないんだろうけど。
でもここで「デートだから帰らせてくれ」っていうのもなんかはばかられる。
この人がずっと独り身を貫いている理由を、なんとなく知ってるから、かな。
もうちょっとしても仕事を切り上げる気配がないならリサに遅れるって連絡入れないと。
「今日、何か予定があるのですか?」
「えっ?」
ちょうどカノジョのことを考えてたのが、顔に出てたかな?
「退社時間になったら、帰っていいですよ」
そりゃありがたい。
けど、社長を一人放っておいて秘書兼護衛のおれがさっさと帰っていいのかな。
護衛の面に関しては、リカルドも異能者だから心配いらないんだけど。
「それとも、やることのない私の暇つぶしに付き合ってくださいますか?」
「暇つぶしが仕事なんてワーカホリック過ぎる」
即座に切り返すとリカルドは「そうですね」と平然と言った。
ワーカホリックなのは認めるんだな。
「リカルドもたまには息抜きしたらいいんだよ。夏は祭りとかもあるし」
「祭り、か」
あ、昔を懐かしむ顔だ。
でも彼を祭りに連れてったのは、唯一の肉親だった親父さんじゃなかったはずだし、あんまりいい思い出はないんじゃなかったっけ?
親父さんはリカルドが子供のころは無関心だったし、成長したら仕事ばかり押し付けるクソ親父だったらしいし。
「私に婚約者がいた、という話は聞いたことがあるだろう」
「あぁ」
懇意にしていた麻薬ディーラーの娘との政略結婚を親父さんに押し付けられたんだっけ。
でもその
リカルドが独身でいるのは、その女性を未だに忘れられないからだ、ってウワサされてる。
逆に、人を愛することなんてできないこの
多分、どっちかが正しいとするならば前者だろうなって思う。亡くなった婚約者以上に好きになれる女がいないんだろう。かといって仕事のために開き直って愛のない結婚をするってのも嫌ってとこか。
「彼女と出会ったのが夏で、休みにはあちこち連れ出されたよ。祭りにも、行ったな」
「連れ出されたって表現が、なんとも、二人の関係を物語ってるな」
「私はそういった催しには疎いからな」
遊び方を知らない人なんだな。
子供のころから仕事、勉強、仕事、だったんだろう。
そういや、親父さんがリカルドを遊びから遠ざけようとしていたって言ってたな。
で、今はもうイベントで気を抜こうなんて思えない。
気の毒に思う。
おれは、子供時代は普通にそういうのを楽しませてもらってたからな。まだ恵まれてたんだろう、この人よりは。
「そういえば、今日は七夕らしいな。日本の友人が言ってた」
「タナバタ?」
「八月にリトルトーキョーで祭りがあるのは知ってる?」
「ああ」
「本来、あれの起源は七月七日の七夕なんだってさ」
オリヒメとヒコボシが天の川を越えて年に一度会えるのを許される日なんだ、と説明したらリカルドは少し興味ありって顔をした。知的好奇心を刺激したかな。
「なぜ、オリヒメとヒコボシは年に一度しか会えないのだ?」
「それは、知らない」
リカルドが「そこが肝心ではないのか?」と笑いを漏らすと、パソコンに向き直った。
その瞬間、就業時間が終わった。
さて、おれは天の川を渡ってカノジョに会いに行きますか。
会うのが一年に一度になったら、いや、なる前に別れるって言われそうだからもっと頻繁に会わないと。
「それでは、私はこれで失礼します」
挨拶をして社長室を出ようとしたら、引き留められた。
「息抜きはいいが、おまえはヒコボシになるなよ」
「どういうことだ?」
リカルドはパソコンからこっちに視線を投げてきて、にやりと笑った。
「オリヒメとヒコボシは結婚後、仕事をさぼった罰で一年に一度しか会えなくなったそうだ」
パソに向かったのは仕事じゃなくて、七夕のことを調べたのか。
わざわざ調べて嫌味っぽく笑って辛口の冗談を言うこの人は、憎たらしいけど、嫌いじゃない。
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