05 線香花火

 夜、摩天楼の上層部に位置する社長室の空に、ぱっと光るものがあった。


 花火だな。


 おれが窓に視線をとどめていたからリカルドもおれの視線を追ったようだ。


「何か、祭りでもあったかな」


 残業タイムの独り言でついついフランクな口調でつぶやいた。


「そうだな。夏になると、イベントが増えるからな」


 意外にもリカルドも砕けた口調で返してきた。


 リカルドは仕事時間には丁寧な言葉と態度を心掛けなさいと命じてくるけど、ちょっとした雑談や休憩時間では、そういったことに全然こだわっていない。


 こうなったのは、つい最近なんだけど。

 前までは、雑談なんて雰囲気もなかった。


 おれのそばでもリラックスしているのかなと思うと、優越感に似た満足感みたいなものを感じる。


 世間じゃ冷たいばかりの仕事虫で定着している――おれもそう思ってた――リカルドも、おれには少しだけ素を見せてくれているんだ、ってね。


「子供のころは、そういうイベントにも連れて行ってもらったっけな」


 普通の子供として過ごしていた頃を思い出す。

 両親と、五歳年上の姉と。

 パレードとか、楽団の演奏とか。

 外食も、ちょっと豪勢だったりして嬉しかったな。


「リカルドは? 祭りとか行ったことあるか?」

「親とは行ったことがないな」


 そりゃ息子をコントロールするばっかりの父親はそんなことに興味はなかっただろうな。

 おふくろさんは、リカルドを産んですぐになくなったらしいし。


「子供のころは、一度、シッターの女性に連れて行ってもらったことがあるくらいかな」


 当時を思い出してか、リカルドが微苦笑した。

 心から楽しそうでもない顔だ。


「あんまりいい思い出じゃなかったか」


「まだ小学校低学年の頃だったか、私が行ってみたいとつぶやいたのをシッターが聞いて、短時間ならと連れて行ってくれたのだ。ああいうのに行ったのはあれが初めてで、楽しかったな。が、あとで『息子をそんなところに連れて行かないように』とシッターが父にきつく叱られてしまって。彼女に申し訳ない気分になったよ」


 別に一人で行かせたわけでもなし、きちんと見てくれるならいいじゃないか。

 なんで親父さんは祭りにさえ行かせてくれなかったんだろう。


「おそらく、世間一般の『楽しい事』から私を遠ざけたかったのだろうな」


 おれの表情を読んだのか、リカルドが付け足した。


 楽しみを知ったら堕落するとか、そんな考えだったとしたら……。

 馬鹿げてる。

 こんなことリカルドには言えないが、クソ親父だな。


 また花火が空に輝いた。

 花火を見るリカルドは、なんとなくだけど、ちょっと寂しそうな顔だ。


 口にする以上の嫌な思い出を、思い起こさせてしまったかな。


 他のヤツとは当たり前みたいにする過去話の雑談も、リカルドには地雷だらけ、なのかもしれない。


 ……リカルドって、日本の線香花火みたいだ。

 綺麗だけど、油断したらぽとって落ちる、線香花火。

 扱いにめっちゃくちゃ気を使う、線香花火。

 そんなふうに思った。

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